「経験から学ぶ」ために必要とされること
[2009/08/28]
昔から「かわいい子には旅をさせよ」と言われます。子どもは甘やかして育てるよりも、つらい経験をさせる方がいい、という意味です。
でも、本当にそうなのでしょうか? なかには、つらい経験がトラウマになってしまう子どもがいるかもしれません。また、そもそも何らかの経験をしたからといって、必ずしも学習や成長につながるとは限らないのではないでしょうか?
キャリアカウンセリングの考え方からすると、人が「経験から学ぶ」ためにはいくつかのプロセスが必要とされるようです。その構造について、日本マンパワーの立野了嗣さんにうかがいました。キャリアカウンセラーの方はもちろん、みなさんの参考になる興味深い話だと思います。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社日本マンパワー
キャリア形成事業推進本部 本部長(当時)
立野 了嗣 さん
経験するだけで学べるとは限らない
たとえば、こんな話があります。
——ある商社にのんびり屋タイプの若手社員がいた。彼はいつもボーっとしていて仕事が遅い。そこで上司は彼を海外に派遣した。そうしたら1年後、テキパキと仕事のこなせる社員になって帰ってきた。——
慣れない環境で新しい経験をすることによって人は鍛えられ成長する、という例です。確かに、そうした効果が出ることはあるでしょう。似たような話はいくつも聞かれます。ただ場合によっては、海外経験がつらくて「二度と海外に行きたくない」と思う人もいるでしょうし、かならずしも成長につながるとは限りません。
単に経験したというだけで、自動的に経験を有効なものにできるわけではないのです。大切なことは、「経験をすること」だけではなく、その人にとって「経験を有効なものにすること」です。そして、「経験から学ぶ」ことによって初めて、有効なものにできるのだと思います。
この「経験から学ぶ」ということは、キャリア形成に密接に関係しています。その構造をご説明しましょう。
社会との「つながり」を考える
人は社会的な存在です。家族、友人、学校、職場などさまざまな社会と関わり、社会の中で生きています。しかし、「経験から学ぶ」ためには、社会の中での様々な経験に対して自分とのつながりを意識しているかどうかが大きなポイントになります。
「つながり」について考え、意味を見い出し、実感することが必要なのです。そのためには、その経験の意味を自分に対する問いかける必要があります。
たとえば、前回の「ハッピーキャリアの作り方」で、日本人学生と中国人留学生の話をしました。ある日本人学生が中国人留学生から「どうして日本で勉強しているの?」と質問され、返答できなかったという話です。返答できなかった理由は、その日本人学生が外国で勉強する選択肢を考えたことがなかったからです。
しかし、日本人学生はこの会話の経験を通して「なぜ自分は外国で勉強しようと考えなかったのだろう?」と自分に問いかけます。それにより、自分が日本人であることを実感し、「自分」と「自分の中の日本的なもの」を見比べることができました。
この時、もし日本人学生が「日本人なんだから日本の大学へ行くのは当然じゃないか」などと聞き流し、自分に問いかけなかったらどうでしょうか? おそらく、「つながり」を考えることはなかったでしょう。そのため、「自分の中の日本的なもの」を意識することもありません。「経験」したにもかかわらず、日本と自分との「つながり」を意識しなかったために経験から「学ぶ」ことはできなかったと思います。
※前回記事はコチラ
経験をキャリア形成に生かすために
さて、人がキャリアを形成するためには、成長に向けて進もうとする意識が必要です。意識の中核となるのは「自己概念」ですから、キャリア形成のためには「自己概念の成長」が必要だということです。
「経験から学ぶ」ことは、まさに「自己概念の成長」をもたらす行為です。「自己概念の成長」のためには、「経験から学ぶ」ことが欠かせないのです。
また、もうひとつ大切なことは、「つながりの意味」を肯定的にとらえることです。肯定的とは、明るく、積極的に、好ましく、前向きに、可能性を持って、などの心理を指します。その「経験」がつらいものであっても、その経験をつらくしている自己概念にたどり着くことにより、たとえ時間がかかったとしてもその経験を成長の糧とすることが出来るはずです。
逆につらい経験だからということで否定的にとらえてしまったら、「経験」を"なかったもの""意味のないもの"としてしまい、「自己概念の成長」にはつながりません。
キャリアカウンセラーによるサポート
こうした「自己概念の成長」をサポートするのが、キャリアカウンセラーです。
クライエント(相談者)にとって、その「経験」がどう見えたのか、どう感じたのか、その「経験」によってどう思ったのか。そうしたことをクライエントと一緒に言葉にしていく。そのうえで、その言葉をクライエントが自問するように促していく。そうすることで、クライエントが自分の「自己概念」に気づき、「経験から学ぶ」ことによって「自己概念の成長」につなげていくことができます。
キャリアカウンセラーとは、こうしたサイクルを促す非常に重要な存在だと考えます。