ちょっと一息

ハッピーキャリアの作り方 vol.85

「聴く」ことは人の心に何をもたらすか

[2015/10/29]

ハピキャリ1

 年功序列制度が廃止されたことにより、ベテランになったからといって必ずしも高給・高役職になるわけではありません。終身雇用が崩壊し、定年まで働ける保障もなくなりました。
 そんな現代において、中高年層は、変化に適応するのが難しい状況に置かれています。若年層にとっても正社員としての採用門戸が狭く、たとえ正社員になっても長時間労働などで辛い立場にある人は少なくありません。ワーク・ライフ・バランスを求める女性は、職場と家庭の狭間で奮闘しつつも、退職を考えざるを得ないケースもあります。
 キャリアカウンセリングの現場には、こうした相談が多く寄せられると言います。日本マンパワーの「キャリアカウンセラー養成講座」でインストラクターを務める上篤先生が、前回の本コーナーでそうお話ししてくれました。
 本記事はその続編です。
 今回は、カウンセリングで重視される「聴く」という行為について、上篤先生にお話をうかがいました。ぜひご参照ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 上級産業カウンセラー
 キャリアカウンセラー(CDA)
 株式会社ウエ・コンサルタンツ 代表取締役
 日本マンパワー「キャリアカウンセラー養成講座」講師
 上 篤(うえ・あつし) さん

慶應義塾大学法学部卒、筑波大学院修士課程カウンセリング専攻修了。セイコーインスツル人事部長、SII教育センター社長、大手前大学キャリアデザイン学科教授を経て現職。「カウンセリングによる個人の自立と組織の共生」を目指し、キャリア開発・キャリア教育・メンタルヘルスケア・キャリアカウンセリング・心理カウンセリングを実践している。現在、キャリアカウンセラー養成講座講師や大手企業相談室のスーパーバイザーとして活躍中。


ハピキャリ2

愚痴をこぼせる場所と相手

 以前の日本社会が採用していた年功序列・終身雇用制度が良く、現在の成果主義・労働の流動化が悪い、とは必ずしも言い切れません。昔も今も、長所があれば短所もあると思います。
 ただ、時代の流れに伴って、制度以外の面で大きく異なったことがあります。それは話を聴いてくれる人が近くにいたかどうか」ということです。

 私が若い頃は、愚痴をこぼせる場所があちこちにありました。
 たとえば、私には行きつけの飲み屋、いわゆる赤提灯と呼ばれる店がありました。一人で寂しそうな顔で飲んでいると、店主が「上さん、今日、何かあったの?」と声をかけてくれたものです。そして、私がつい仕事の愚痴をこぼしたりすると、店主は愚痴の内容に良いも悪いも評価せず、「そう、大変ね」と言ってくれたものです。けっしてアドバイスをするわけではありません。ただただ私の気持ちを聴いてくれる。自分がカウンセリングを学んでからわかったことですが、店主はまさに名カウンセラーだったと思います。
 職場でも、上司や先輩がよく相談相手になってくれました。仕事だけの話ではなく、プライベートの悩みまでじっくりと聴いてくれたものです。
 人によっては、おじいさんおばあさん、あるいは近所の人など、ちょっとした心の内を話せる人が周りに多くいたように思います。

 その点、今はどうでしょうか? 飲み屋はチェーン店が多くなり、相談相手という感じではありません。職場の上司・先輩は忙ししていることが多く、都会では近所付き合いが薄れてきています。私の知る限り、愚痴を聴いてくれる場所や相手が減っているように思うのです。
 愚痴をこぼすことができないと、人は心の中にもやもやが溜まったままの状態になってしまいます。心の中の風船がどんどん膨らんでいきます。それを放置しておくといずれ破裂するように、メンタルヘルス不調につながるケースも見られます。
 話を聴いてくれる人が近くにいるということは、それを防ぐ効果があるのです。


ハピキャリ3

正解は1人に1つずつある

 では、もし何か悩みや不安などを抱えている人が周囲にいて、自分が誰かの相談相手になった場合、私たちはどうすればいいのでしょうか?
 まず、話をよく聴いてあげてください。聴くという行為は、カウンセリングの基本としても非常に重視されています。ただ、その際に留意してほしいことがあります。それは、「正解は1人に1つずつある」ということです。
 私たちは往々にして、「正解は必ず存在し、それは1つである」と考えがちです。みなさんも何かを考える時、そのことを前提に考えるのではないでしょうか。そして多くの人が、自分の考えが正解」だと思い込みがちです。でも現実には、たとえば5人の人がいれば5つの正解があり、5人とも全員が自分の考えが正解」と思っているのです。
 ですから、相談を受ける時は、それを前提にして話を聴きましょう。そうでないと、相談相手の正解をないがしろにして、自分の正解を押し付けてしまうことにつながります。

 ちなみに、私が1対1のキャリアカウンセリングをする際は、次のことを念頭に置きながら話を聴くようにしています。
 「この人にとって、なぜこのことが気になるのだろうか?」
 「どういう状況になったら満足するのだろうか?」
 「満足するようになるためには、どういう風にすればいいのだろうか?」

 そして、相談者がそれを自問自答できるように、意識して質問していきます。
 また、キャリアカウンセリングを何回も重ねた相談者の場合は、聴くことに加えて、行動に対する何らかのヒントを与えることが求められることもあります。そんな時には必ず、「あなたと私は違のだから、参考までにお話ししますけれど、あくまでも私の場合ですからね」と説明してから、I(アイ)メッセージで伝えるようにしています。Iメッセージとは、私だったらこう考える」「私だったらこうする」「私だったらこうした」など、私のケースを伝えることです。Iメッセージでないと、相談者が私の話す内容を解答だと受け取り、指示的になるケースが多いからです。
 あくまでも、正解は1人に1つずつあるということを前提に、聴くことが望まれるのです。


会議では最初に相手の意見を認める

 相手との違いを認めた上で話を聴くことが大事だということは、会議などの日常業務や私生活で人と意見を交わす時にも当てはまります。
 たとえば、私が人事部長として会社勤めをしていた時、事業部長と意見が対立することがありました。立場が違いますから当然のことです。そんな時に私が気をつけていたのは、相手の意見をきちんと認めてから自分の意見を言うことです。
 「あなたのおっしゃりたいことは、こういうことなんですね。でも、私の意見は違います」などと、一旦、相手の意見をきちんと認めるように意識していました。そうすると、相手も自分の意見を聴いてくれるからです。
 そのせいか、会社の上役から次のように言われたことがあります。「上君と話していると、いつの間にか上君の意見になっちゃうんだよね」と。おそらく私が、相手の言葉を繰り返してから自分の意見を言っているからそうなるのだと思うのです。
 ところが、多くの人が会議などでやりがちなのは、相手の話を途中でさえぎって自分の意見を主張することです。相手の意見を聞かず、相手が話している最中に制して、自分の意見を言ってしまう。そうすると、相手はどう思うでしょうか? 「自分の意見を認めてもらっていない」という思いが強く残ります。「自分の存在を認めてくれていない」と感じることにもつながります。そうすれば当然、相手もこちらの意見を聴きたくなくなってしまうでしょう。
 ですから、仕事で議論・意見交換をする時も、相手の意見、できれば相手の気持ちまで含めて受け止めるように聴くことができれば、自分にとっての大きな武器にもなるのです。そのためには、相手と自分との違いを、頭ではなく心で受け止めることが大切になります。


ハピキャリ4

自分の存在を認めてもらうためには

 人には、自分の存在を認めてもらいたいという思いがあります。
 ただ、認めてもらうための手段として間違っているのは、自己主張だけをすることです。自己主張は大事ですが、それだけでは認めてもらえません。相手も認めてほしいと思っているからです。だからこそ、相手を認めることが自分を認めてもらうことにつながっていくのです。
 その根底にある具体的な行為が、ことです。別の表現で言えば、相手の気持ちを受け止めるということです。相手が「受け止めてもらえた」と思えば、相手も自分のことを受け止めてくれるでしょう。
 「聴く」という行為を、そんな風に捉えてみてはどうでしょうか。

>>上篤先生の前回の記事はコチラ
https://biz.nipponmanpower.co.jp/ps/choose/column/details.php?col_id=V9NK3B3Q

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