キャリアカウンセリングにみる現代人の苦悩
[2015/09/30]
仕事や職場をめぐって、何か悩みや不安はありますか?
そう質問されると、多くの人が「はい」と答えるのではないでしょうか。仕事は人生に密接に関係していますので、悩みや不安があっても当たり前だと思います。
それでは、みなさんのご家族や同僚の方は、どのような悩み・不安を持っていると思いますか?
ビジネスのグローバル化が進展して以来、日本社会はさまざまな面で変わったと言われます。そして、その変化は、私たちの働き方にも大きな影を落としています。
そこで今回は、日本マンパワーの「キャリアカウンセラー養成講座」でインストラクターを長年務める上篤先生に、現代人特有の悩みの傾向についておうかがいしました。上先生は、キャリアカウンセラーとしても多くの相談者の悩みを聴いてこられた実績がありますので、みなさんの切実なる思いがお話に現れています。
ぜひご一読ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
上級産業カウンセラー
キャリアカウンセラー(CDA)
株式会社ウエ・コンサルタンツ 代表取締役
日本マンパワー「キャリアカウンセラー養成講座」講師
上 篤(うえ・あつし) さん
慶應義塾大学法学部卒、筑波大学院修士課程カウンセリング専攻修了。セイコーインスツル人事部長、SII教育センター社長、大手前大学キャリアデザイン学科教授を経て現職。「カウンセリングによる個人の自立と組織の共生」を目指し、キャリア開発・キャリア教育・メンタルヘルスケア・キャリアカウンセリング・心理カウンセリングを実践している。現在、キャリアカウンセラー養成講座講師や大手企業相談室のスーパーバイザーとして活躍中。
年功序列と終身雇用の崩壊
私はこれまで、多くの相談者を対象にキャリアカウンセリングを行ってきました。その経験で目の当たりにしてきたのは、就労をめぐって悩んでいる勤め人が極めて多いという現実です。
その原因として第一に挙げられるのは、劇的な環境変化です。
それはどういうことなのか、ご説明いたします。
従来の日本社会では、年功序列や終身雇用が良しとされてきました。その仕組みは海外からも称賛され、当時の経営者は「自社がきちんと年功序列や終身雇用を守る会社である」ということを維持・アピールするよう尽くしてきました。
雇用される側の勤め人もそれを前提として、「いい会社に入れば定年まで働けて、幸せになれる。そのためにいい大学、いい高校に入ろう」と目指していました。
ところが今、年功序列も終身雇用も完全に崩れてしまっています。現在の経営者は、年功序列ではなく成果を重んじています。いわゆる成果主義です。終身雇用に対しても否定的で、非正規雇用の枠を広げて、労働の流動化をしやすい体制にしようとする動向が見られます。組織にとって不必要だと思われる人をリストラなどの形で退職に導くケースもあります。
こうした環境変化の中で、多くの働く人がもがいているというのが、現在の日本社会における就労の姿だと思います。
「保障と拘束」から「自己決定と自己責任」へ
環境変化は、勤め人の権利と義務に対する考え方をも変えました。
年功序列・終身雇用が前提だった頃、それは「保障と拘束」でした。
保障とは、終身雇用によって定年まで勤務が保障されているという意味です。
一方の拘束とは、会社を最優先して個人的な事情を我慢するということです。たとえば、子どもの誕生日に家庭でパーティーをする約束があっても、上司から残業を言い渡されれば仕事を優先する。あるいは、家庭にどんな事情があろうとも、単身赴任の辞令が出れば、それに従うしかない。いい悪いは別にして、従来の日本企業はそうしたバランスによって成り立っていました。
ところが、社会のグローバル化とともに、「保障と拘束」は「自己決定と自己責任」に置き換わってきました。自分で決めていいけれども、その責任は自分でとるという考え方です。
たとえば、あるエージェントから外資系企業へのヘッドハンティングの話が来たとします。詳細を聞くと、現状の年収より2〜3倍の年収がもらえるらしい。そこで思い切って転職を決めたけれど、年収は2年目に半減。3年目には前職よりも年収が減り、4年目にはついに解雇されてしまった。
これは極端な例ではありますが、「自己決定と自己責任」の考え方をベースにした社会では、たとえこの例のようになってしまったとしても、本人が決定したのだから本人の責任というわけです。今、そういう時代になっているのです。
中高年層の苦悩
ただ、そもそも日本人は「自己決定と自己責任」をベースにした育ち方をしてきていません。
特に、40代半ば以上の中高年層は、変化に適応するのが難しい状況に置かれていると思います。なぜなら、自分が社会に出た頃は、まだ年功序列・終身雇用が一般的だったからです。おそらく、彼らは当時、40代・50代の管理職を見て、「自分もあの年代になれば高給取りになって、やりがいある仕事ができるんだ」と、将来を期待していたことでしょう。
しかし、いざ自分が40代・50代になってみると、年功序列・終身雇用が崩れ、給料は想像していたほど高くない。仕事も面白くない。組織がフラット化され、役職に就けない、役職を降ろされる、部下だった年下社員が自分の上司になる。場合によってはリストラの憂き目にも遭いかねません。
そうした状況下において、「こんなはずじゃなかった」「がんばってきたのに会社に裏切られた」と感じる人がいるのも必然的だと思います。
もちろん、中高年層の人たちは不平不満を言っているだけではありません。「時代環境が変わっているのだから、自分も変わらなければ」と努力している人は、数多くいます。ただ、頭ではわかっていても、そういう教育を受けてきていないので、対応が難しいのです。
ましてや、「自律的に働くこと」「英語を身につけること」などと、想定していなかった課題を与えられるケースもあります。それにスムーズに切り替えられない人は、悩みや不安を抱えることになります。
若年層の苦悩
一方、20代をはじめとする若年層にも乗り越えられない悩みを持っている人は多くいます。
たとえば、正社員として入社したいのに、非正規社員の求人が多く、正社員の門戸が狭い。あるいは、正社員として入社できたけれども、長時間労働を強要され、心身に疲労をきたしている。教育が十分でないにもかかわらず、成果を求められ、そのギャップで苦しむといったことなどが挙げられます。
従来、日本の企業は、上司が新入社員を指導する土壌がありました。「この新入社員はこんな風に育ってほしい」と、上司はなにかと面倒をみて、仕事の指導をしていたものです。しかし現在は、上司もプレイングマネジャーとして成果を求められます。指導に費やす時間がままなりません。ですから新入社員は、十分に知識やノウハウを習得しないまま仕事と納期を与えられ、成果を求められることになります。
それによって、早期退職が出てくる反面、がんばっている若年層の人たちは長時間労働でカバーしようとします。長時間労働が続けばうつ病にもなりやすく、メンタルヘルスにもつながってきます。
非常に重大な問題をはらんでいる状態だと言えます。
女性のワークライフバランス
また、働く女性にとっては、ワークライフバランスが大きな悩みとなっています。特に、育児と仕事との両立は、社会的にも大きな問題です。
キャリアカウンセリングを通して見受けられる職場の問題としては、大きく次の2つが挙げられます。
ひとつは、男性管理職からの理解です。たとえ、時短勤務や育児休暇制度などの仕組みがあったとしても、管理職同士の理解が得られるか得られないかは別問題です。ただその状況は、会社によって大きな差異が見られます。
もうひとつは、同僚の女性社員からの理解です。誰かが時短勤務や休暇をとれば、ほかの社員の負担が増えることになることになります。育児中の女性の勤務時間が短くなれば、そうでない女性の仕事が増えることになり、組織に不平不満が生じるのです。
たとえば、保育園に子どもを預けて働いている女性がいるとします。彼女は、職場の同僚に「私のために迷惑をかけて申し訳ない」と思いつつも、定時よりも早く退社せざるを得ません。保育園のお迎え時間に遅れることはできないからです。時には、「お子さんに熱があるようですので、すぐに迎えに来てください」と保育園から電話が来ることもあるでしょう。そうすると、やりかけの仕事を同僚に託すしかありません。
では実際にどうしているかというと、夫がたまに保育園に迎えに行ってくれる日に、残業して日頃の埋め合わせをしようとします。ただ、それだけでは埋め合わせができないと感じると心苦しくなり、退職する人が多く生じているのです。
この問題は非常に難しい問題で、解決するための処方箋は見つかっていません。もしあるとするならば、普段からコミュニケーションを密にしていい関係を作るしかないのかもしれません。人は、関係性によって受け止め方が異なります。Aという人とBという人が同じことをしても、自分とAさんの関係性、あるいは自分とBさんの関係性によって、感情や反応は異なってくるのです。
しかも、ワークライフバランスを考える際、夫の協力が重要になりますが、キャリアカウンセリングで相談者の話を聴くと、「夫も忙しいので頼めない」と夫の協力を諦めている女性が多いのです。女性1人で悩みを抱えているという傾向がうかがえます。
このように、仕事をめぐってさまざまな人がもがいている——今はそのような時代であることを、まずはみなさんご自身が把握・理解することが大切だと思います。