自分で未来を創造する、サビカスの「キャリア構成理論」
[2016/12/20]
世の中にはさまざまな理論があります。いったいどのくらいの理論があるのでしょうか? 想像もつきません。しかも、それぞれの分野で学者や研究者が長年培ってきた結果かと思うと、まさに「知の結晶」のように感じられます。
そしてもちろん、キャリアに関する理論も数多くあります。でも、そんな理論を知らなくても、私たちは働くことができ、キャリアを形成することができます。
では、数々のキャリアに関する理論は、なぜ構築されたのでしょうか? 必要だと考えられたからでしょうか。あるいは、それによって何かを改善しようとしたからでしょうか。もしかすると、単なる興味本位かもしれません。
いずれにしても、理論を活用するかどうかを決めるのは私たち自身です。せっかく古今東西の学者・研究者たちが考えてくれたのですから、上手に活用したいものです。
そこで、今月から不定期シリーズとして、自分らしい働き方に効く理論を紹介しようと思います。第1回はサビカスの「キャリア構成理論」です。日本マンパワー「キャリアコンサルタント養成講座」のインストラクターの佐々木由見子さんに解説をお願いしました。多くのビジネスパーソンに役立てていただける理論だと思いますので、ぜひご参照ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
キャリアカウンセラー
日本マンパワー「キャリアコンサルタント養成講座」インストラクター
佐々木 由見子 さん
大学卒業後、総合事務職・ダンスインストラクターを経て、CDA資格取得。キャリアカウンセラーとして行政関連機関や大学で求職活動支援に取り組む。現在は、人材紹介会社で面談業務を担当し、並行して日本キャリア開発協会の研修講師、及び日本マンパワーの「キャリアコンサルタント養成講座」インストラクターとして活動中。
悩みや問題は違っても・・
自分が悩みや問題だと思っていることは、人によって異なります。キャリアカウンセリングに来られるクライエントのみなさんの目的もさまざまです。しかし、お話をうかがいながらご自身の内面を振り返ってもらうように問いかけていくと、多くの人が似たような言葉を口にします。
「これが私のやりたかったことなのだろうか?」
「いったい私は何のために働いているのだろう?」
「私は今、何を目指しているのだろうか?」
「これからどこに向かって進んでいけばいいのだろう?」
これらの発言はいずれも、「自分が何をやりたいのか」「自分が大事にしているものは何なのか」が見つかっていない、あるいは整理できていないことによるものと思われます。
最近では、IT系コンサルタントをしていらっしゃる20代女性、電機メーカーで働かれている50代男性、仕事は充実しているものの何か物足りなさを感じている30代女性、コンサルティング関係の企画業務をなさっている40代男性などのキャリアカウンセリングをさせていただきましたが、4人とも同様の発言をされました。
不確実な時代の「正解」は?
私は、米国のキャリア心理学者であるマーク・L・サビカスのキャリア構成理論を意識しながらキャリアカウンセリングを行うことがあります。
サビカスのキャリア構成理論について、日本マンパワー『キャリアコンサルタント養成講座』のテキストでは、次のように解説されています。
「不確実な社会では、スキルや能力を開発することも依然として重要ですが、“自分という感覚”を持ち続けることがより重要です。自分の人生を自らデザインし、一見バラバラに見える仕事経験を、統一あるストーリーに組み立てていくことが現代人の課題であり、それを支援するのがキャリアカウンセラーの役割であると、キャリア構成理論は考えます。」(抜粋)
確かに今は、「これが正解」というひとつの答えは見い出しにくい、「不確実」な時代です。たとえばひと昔前の「マイホームを持てば幸せになれる」など、一般論や常識による画一的な幸福論はなくなりつつあります。人々の価値観も多様化しました。そうした一般論や常識による「正解」のない今だからこそ、「自分が幸せだと感じる軸」や「自分の指針となるもの」が非常に大事になります。それはつまり、先ほどお話しした「自分が何をやりたいのか」「自分が大事にするものは何なのか」という問いに対する答えでもあります。
サビカスはその軸や指針を「金の糸(黄金の糸)」と呼んでいます。サビカスのキャリア構成理論とは、その金の糸をどのように見つけ、どのように将来のキャリアにつなげていくかということを理論化したものだと言えます。
金の糸を見つけられると
自分の金の糸を見つけて意識できるようになると、悩みや問題だと思っていることが整理しやすくなります。また、金の糸を見つける過程において、「バラバラに見えていた過去の出来事は、今の自分につながっているんだ」と肯定的に意味づけすることができます。そうすると、将来に向けても前向きに考えることができるようになり、自分の軸や指針に沿ったキャリアの方向性を描きやすくなります。
もちろん、そこまで考えがまとまるには、ある程度の時間がかかります。でも、それ以前の問題として、自分の軸や指針を考えるきっかけや機会が、忙しいみなさんにはあまりないのではないでしょうか。
先にご紹介した4人のクライエントの方をはじめ、私がキャリアカウンセリングをさせていただいた人の中には、「今までそんなことを考えて仕事や生活をしてこなかった。自分が何を大事にしているのか、自分の指針となる軸を考えないといけませんね」と気づき、「それがわかっただけでも、自分が何にモヤモヤしていたのかがはっきりして、方向性が見い出せそうです」という方もいます。
私の2つの金の糸
金の糸の具体的事例を、私のケースでご説明します。本来は、物心ついた時から順を追って出来事を振り返るのが望ましいのですが、ここでは仕事経験だけに絞ってお話しいたします。
私は最初、メーカーの秘書職に就きました。次にダンスのインストラクター。その後、法律事務所の事務・秘書、外資系製薬会社のアドミニストレーター、キャリアカウンセラーとしての求職者支援、妻・主婦の役割も大切にしながら、日本キャリア開発協会のセミナー講師へと変遷し、現在は日本マンパワー『キャリアコンサルタント養成講座』のインストラクター(担当当初は『キャリアカウンセラー養成講座』)も担当しています。
こうして挙げていくと、一見バラバラのキャリアのように感じられます。でも、その一つひとつが自分にとってどのような意味を持つのかを、ゆっくりていねいに考えてみます。
「その時、どんなことがあっただろうか?」
「印象に残っていることは何だろう?」
「その時、自分にどんな気持ちが起こったのだろう?」
「なぜそう考えたのだろう?」
「自分は何を大事にしていたのだろう?」
「それが今の自分にどうつながっているのだろう?」
そんなふうに、一つひとつ振り返ってみます。そうするとたとえば、法律事務所で弁護士の先生をサポートしていた時は、「自分がサポートすることで先生が仕事しやすくなることに満足感を感じていたなあ」「初めて来所するお客様に対して、『何でもお話ししていただいて大丈夫ですよ』と打ち明けやすいように心掛けていたなあ」などと思い起こされます。あるいは、その前のダンスのインストラクターでは、「ダンスをやったことのない人にダンスの楽しさを伝えられた時はうれしかったなあ」「ダンスを始めることで生活に彩りを加えられてよかったなあ」「ダンスを通して健康になってもらうことにもやりがいを感じていたなあ」などと、自分の内面まで思い出せます。
そのようにして、それぞれの出来事に現れた「自分にとっての意味」の共通項を探ってみると、私の場合は人を「支援すること」、私らしく「表現すること」という金の糸を見つけることができました。
その観点で考えると、現在の仕事は、私なりの表現方法でキャリアカウンセリングの素晴らしさを伝えられたり、資格を取った人に活用の仕方をアドバイスしたりすることができ、「支援」「表現」の両面で自分の方向性にすごく合っているという充実感を得られています。
金の糸の見つけ方
もしみなさんの中に「自分の金の糸を見つけたい」と思われる人がいるなら、小学生くらいまでさかのぼって、成功や失敗など「印象に残っている出来事」を思い起こしてみましょう。小さな出来事で構いません。たとえば、「小学校の時に好きだった教科」「一番恥ずかしかったこと」などでも構いません。それぞれの出来事について、「その時、どんな気持ちだっただろうか?」「そこに自分らしさが表れていないか?」「何を大事にしていたから成功(あるいは失敗)したのだろうか?」「自分はなぜそれを成功(あるいは失敗)と思うのだろうか?」などと考えてみましょう。そうして自分の共通項を見つけて、今の自分にどのような影響を与えているのかを考えてみます。改めて過去の意味づけをしてみると、自分の人生ストーリーを固有のテーマでつなげられることがわかります。そのつながりこそが金の糸です。
もっとも、こうした理論の実践を一人で行うのは難しい面があります。可能であれば、キャリアカウンセリングなどを受けて専門家から問いかけのサポートをしてもらうと、金の糸を見つけやすいと思います。
未来を創造できる希望にあふれた理論
繰り返しになりますが、自分の金の糸を知ることができれば、「どうしてそれを悩みや問題と捉えていたのか」「何にモヤモヤしていたのか」がわかりやすくなるので、日々の仕事や生活において、感じ方・受け止め方に変化が起こると思います。
そして、自分の軸や指針に沿った「次のエピソード」を考える、つまり自分の未来を自分で創造していくことが可能になります。その意味で、サビカスのキャリア構成理論はとても希望にあふれた理論だと思います。
さらに、金の糸として表れた自分らしさを活かして周囲や組織、社会にどのように貢献していけるのかまでつなげることができれば、とてもすばらしいことです。キャリアとは、自分で完結できるものではなく、個人(自分)と環境(仕事)との相互作用によって成立するものだからです。もしかするとみなさんの中には、「プライベートでの自分」と「仕事での自分」を区別しがちな人もいらっしゃるかもしれません。が、どんな時も自分らしく、前向きに環境とかかわっていくことができれば素敵だと思いませんか。
ちなみに、キャリアに関する理論は、サビカスのキャリア構成理論だけではありません。さまざまなキャリア理論があります。『キャリアコンサルタント養成講座』では過去から現在に至る各種の理論と実践が学べますので、興味を持っていただけると幸いです。