ちょっと一息

ハッピーキャリアの作り方 vol.89

傾聴とは何か? どうすれば傾聴できるのか?

[2016/07/29]

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 大きな書店に行くと、タイトルの一部に「傾聴」「聴く」と付く本がたくさん並んでいます。これほど類書が多いということは、おそらく、多くの人が聴くことの大切さを感じ、傾聴力・聴く力を高めたいと思っているからでしょう。
 では、傾聴とはいったい何でしょうか?
 一般的には、「耳を傾けて熱心に聴くこと」「関心を持って注意深く聴くこと」「深くていねいに耳を傾けること」などと解釈されます。でも・・自分では「耳を傾けて熱心に、関心を持って注意深く、深くていねいに聴いている」つもりでも、傾聴できているとは限りません。

 傾聴とは、そもそもカウンセリングの世界で求められた技法で、現代カウンセリングの礎を築いた米国の臨床心理学者、カール・ロジャーズが最重視したと言われます。ですから、難しくて当たり前と言えば当たり前です。キャリアコンサルタントやキャリアカウンセラーの試験でも、傾聴できているかどうかが問われますが、受験者のみなさんはずいぶん苦労なさっているようです。

 そこで、いくつかの疑問がわいてきます。
・傾聴はなぜ難しいのか?
・傾聴の背景に何があるのか?
・そもそも、傾聴とはいったい何なのか?
・どうすれば傾聴できるようになるのか?

 これらの疑問について、日本マンパワー「キャリアコンサルタント養成講座」の講座開発担当者である田中稔哉さんに、キャリアカウンセラー(CDA)の見地からの解釈をうかがいました。きっと、多くのみなさんに参考となるはずです。ぜひご一読ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 株式会社日本マンパワー
 取締役
 CDA、1級キャリア・コンサルティング技能士、精神保健福祉士
 田中 稔哉 さん


表面上のうなづき・相づちは見抜かれる

 私が以前勤めていた会社の話です。人事部に部員が10人くらいいて、それぞれが社員の相談を受けていました。相談しようとする社員は、「○○さんに相談したい」などと部員を指名します。そうすると、多くの社員から人気がある部員と、あまり人気のない部員が生じます。役職や社歴・仕事内容に関係なく、人気のある/なしが生じるのです。
 私の周囲ではそれを「人柄によるもの」という人と、傾聴力という技術によるもの」だという人がいました。そして、技術を学べば傾聴できるようになるだろう」と考えられていました。しかし、『キャリアコンサルタント養成講座』で学ぶ通り、その両方が必要なのです。
 たとえば、「笑顔でうなづいていれば、いい関係性が作れるだろう」「相手の話にきちんと相づちを打っておけばいいだろう」など○○の行為をすれば傾聴できる」という考えは本末転倒で、望ましいものではありません。相手を尊重するどころか、逆に馬鹿にしていると捉えられるかもしれません。
 そうした表面上だけの対応は相手にも伝わります。キャリアカウンセリングの場合で言えば、キャリアカウンセラーがうなづいたり相づちを打ったりしていても、それが表面上のものであれば、クライエントは見抜きます。話をしている中で、なんとなく見え透いてしまうのです。


カウンセラーが信頼されるための基本的姿勢

 米国の臨床心理学者で、現代カウンセリングの礎を築いたと言われる人物に、カール・ロジャーズという人がいます。ロジャーズは、診断アドバイスを中心としていた従来のカウンセリングの姿勢を、傾聴中心の姿勢に変革しました。クライエントの話を傾聴することによって、クライエントが自分自身を深く見つめ、気づきと学びを得て、自ら成長しようとすることを支援できると考えたからです。
 その考えは、「人間は、自らの可能性をよりよく発揮しようとする実現傾向がある」という人間観に根差しています。
 ただ、カウンセラーが傾聴しようとしても、クライエントがカウンセラーを信頼してこの人になら話してもいい」と思われなければ、傾聴することはできません。ロジャーズは、そのための基本的姿勢を3つ挙げています。

1)無条件の肯定的配慮(受容)
  カウンセラーが無条件に(評価せずに)、クライエントから表現された心の全体性の「どの部分も」きちんと大切にしていくという心理的態度のこと。肯定も否定もせず、クライエントの気持ちをただそのまま受け止めること。
2)共感的理解(共感)
  クライエントの私的な世界を、その微妙なニュアンスに至るまで、あたかもその人自身になったかのような姿勢で感じ取り、感じ取ったことをていねいに相手に伝え返していくこと。クライエントの内側にいるように、気持ちをありありと推測し感じ取りながら聴く姿勢。
3)自己一致(一致)
  カウンセラー自身が、自分自身の内側に深くていねいに触れながら、クライエントと進んでいく姿勢のこと。カウンセラーとクライエントとの一致ではない。カウンセラーが無理をしたり自分に嘘をついたりしていない姿勢。


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傾聴のベースには人間観がある

 これらを踏まえた上で、傾聴とは、カウンセラーが「受容」「共感」をしていることを、クライエントに伝える技法のひとつである、と私は解釈しています。
 ただ、誤解してほしくないのは、技法は表面的に使っても伝わらないということです。たとえば、共感していることを示すために、「それはお辛いでしょうね」と感情の言葉を伝え返すとします。でも、「クライエントの何をわかって共感しているのか」は疑問です。もし何もわかっていないのに、傾聴のスタイルだけを真似したのであれば、それは傾聴しているとは言えません

 そう考えると、傾聴のベース、受容・共感のベースには、人間観があると考えます。ロジャーズが人間観を背景に傾聴を重視したように。
 キャリアカウンセラー(CDA)に持ってほしい人間観には、次のようなものが挙げられます。
○人は、安心・安全な場に置かれると、経験をありのままに受け入れ、自分自身に意識が向く。
○人は、環境が整えば、自ら成長できる存在である。
○人は、それぞれ独自の世界や価値観を持っている、かけがえのない存在である。
○人は、好意的関心を向けるに値する存在である。


人は、それぞれ独自の世界や価値観を持っている

 これらのような人間観を持っていない人がキャリアカウンセリングをしようとすると、どうなるでしょうか? わかったつもりになったり、早合点したり、キャリアカウンセラーの判断基準を伝えようとしたりします。

 たとえば、Aさんが「私、結婚することになったんですが・・」と相談を切り出した時、キャリアカウンセラーが「それはおめでとうございます」と返したとします。しかし、結婚がおめでたいかどうかは人によります。実際、Aさんは結婚に対して不安を抱いていました。人は、それぞれ独自の世界や価値観を持っている」という人間観があれば、簡単にそうした返しの言葉は出ないはずです。望ましい人間観を持っていなかったことによって、わかったつもりになって早合点したのでしょう。
 もうひとつ例を挙げます。Bさんが超大手企業を退職してハローワークに相談に行きました。そうしたらハローワークの相談員が「もったいないですね」と言いました。しかし、Bさんはいろいろ深く考えた上で退職を希望し、新しい仕事を探しに来たのです。「もったいない」以上に重視したい事情や価値観があのです。「もったいない」というのは、相談員の判断基準でしかありません。


傾聴ができるようになるためには

 では、傾聴ができている状態とはどのような状態を指すのでしょうか?
 それは相手が、なぜ、この人にこんなことまで話しているんだろう」と感じたり、話しながら自分はなぜそう思ったんだろう?」と考えたり、過去のことを振り返って私の大事にしていたことは、これだったんだ」と思ったりする状態ではないかと思います。つまり、傾聴ができているかできていないかの判断は、クライエントなどの傾聴される側にあります。逆に言えば、傾聴する側が「自分は傾聴できている」と判断することはできません。

 なお、キャリアカウンセリングにおける傾聴の効果は2段階に分けられます。
 1段階目は、クライエントの防衛を緩めという効果です。別の言い方をすれば、クライエントに自分の経験をありのまま語ってもらえる関係性をつくれるという効果です。
 2段階目は、クライエントが語った出来事や感情の経験を追体験し、あたかもクライエントのごとく味わい、そこで感じたことを返すことにより、本当に共感的な理解が伝わということです。それによって、クライエント自身が直視して、その経験を受け入れられるようになります。このように、傾聴を重視したキャリアカウンセリングによって、経験を自分に取り込み、自己成長につなげられるようになります。そうしたクライエントの自己成長の可能性を信じことも、対人支援職には非常に大切なことだと思います。

 ですから、日本マンパワーのキャリアコンサルタント養成講座〜CDA資格(キャリアカウンセラー)対応〜』では、人間観を含めた対人支援職としてのあり方からしっかりと学びます。それはいわば哲学的な内容ですが、キャリアカウンセリングの根幹となる非常に大切な部分です。その上で、クライアントにかかわる際に望ましい行動(視線の位置、言語追跡、身体言語、声の質)、望ましい技法(クライエント観察、質問、はげまし、いいかえ、感情の反映など)を体系的に学び、何日もかけて実践トレーニングを行います。
 キャリアカウンセラーとして傾聴ができるようになるためには、そうした人間観に基づいた姿勢、理論学習、実践トレーニングのすべてが必要とされるのです。


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第1回キャリアコンサルタント試験に向けて

 さて、8月27日・28日には、国家資格「第1回キャリアコンサルタント試験」の実技・面接試験が行われます(登録試験機関が日本キャリア開発協会の場合)。受験される人は、ぜひ、自分の人間観を再確認した上で臨んでください。
 その際、関心の向け方に気をつけるといいと思います。避けたいのは、このクライエントは何が主訴で、何が問題だろうか?」ということばかりに関心が向くことです。そうした関心が向くということは、受験者が解決したい」と思っている裏返であり、クライエントの思いを自分が解決しやすい方向に曲げて見立ててしまいがちになります。 また、クライエントの第一声にも注意が必要です。第一声で話されたことを早急に理解しようとすべきではありません。それでわかったつもりになってしまうと、クライエントの本心に近づけなくなる危険性があります。
 人はそう簡単にわからない」「クライエントはすべてを語らない」「(相談に来るのだから)背景に何かあるかもしれない」というクライエント観を持って、わかったつもりにならないことが大切です。
 「この人に何があって、それに対してどう感じたり考えたりしているのだろうか? 何を大事にしているのだろうか?」という関心を持たれるといいと思います。
 以上、参考にしていただければ幸いです。

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