気持ちよく働くために、働きやすい環境を作るために
[2015/11/27]
みなさんは、「ストレス」という言葉にどのようなイメージをお持ちですか?
「毎日ストレスだらけだよ」という人もいれば、「ストレス発散しなきゃやってられない」という人もいるでしょう。あるいは、「私にはまったく関係ない」という人もいるかもしれません。
では、「メンタルヘルス」という言葉に対してはいかがでしょうか?
「心の弱い人がなるのでは?」「その人の個人的な問題かな」「治らない病気らしい」などのイメージを持っていませんか? それらはすべて迷信です。いわば、カメラが日本に伝来した頃、「写真を撮ると魂が吸い取られる」と思われていた風潮に似ています。
労働安全衛生法の改正により、12月1日から「ストレスチェック制度」が始まりました。内容や意義、活用法などはもう把握されていますか? 迷信に惑わされてはいけません。現役のカウンセラーであり、組織改善コンサルタントでもある内田星治さんは、「自分が気持ちよく働けるようになるとともに、組織が働きやすい環境づくりをするために、ひとつのきっかけとなる有効な制度」だと言います。
この機会に、ストレスチェック制度の概要を把握するとともに、人の心やストレスについて正しく理解してみませんか。意外に知らないことが多いと思います。
●今回お話を聞いたのは・・・
内田 星治 さん
日本アクティブリスナー学院 学院長
認定心理士/心理相談員/NCCP認定カウンセラー
立正大学文学部哲学科(心理学専攻)卒業後、IT企業に入社し、ソフトウェア開発の業務を行う。プロジェクトマネジャーを経験後、IT企業を起業、専務取締役に就任する。自社で自らが先頭に立ち、メンタルヘルス制度を導入、社内の仕組み作りや従業員の教育研修全般を手掛けてきた。現在はコンサルタントとして独立。企業のメンタルヘルス対策のアドバイスや、後進の育成に力を注ぐほか、現役のカウンセラーとしても活動している。
心とは何か、ストレスとは何か
私はよく、人の心を球形のボールに例えます。ボールにさまざまな側面があるように、人の心の中にも強い面や弱い面などさまざまな側面があります。それらのバランスが保たれることで、心の健康が維持されています。
では、ストレスとはどのようなものでしょうか。心をサッカーボールに例えてご説明しましょう。少年がサッカーを蹴るとします。そうすると、ボールの形が歪み、はずんで飛んでいきます。この場合、蹴るという行為が「ストレスの原因」にあたります。そして、ボールの歪みが「ストレスの発生している状態」にあたります。つまり、外部からの力がかかって心が歪むことを総称して、ストレスと呼んでいます。
ただ、すべてのストレスが悪いわけではありません。歪みが戻りつつボールが遠くへ飛んでいくように、人の心がステップアップの方向に向かえば、それは良いストレスだと言えます。しかし、長時間にわたって何度も蹴られ続けたり、大きな力で蹴られたりすると、歪みが戻らないほど空気が抜けたりボロボロになったりします。心をそんな状態にするストレスであれば、それは悪いストレスです。
どのような人にも、必ず何らかのストレスがかかります。日常生活の中でストレスがかかることは、むしろ正常なことだと言えます。ただ、ストレスは自分で客観視しにくいものです。自分で感じているよりも心が歪んでいることは、よくあることです。
メンタルヘルスの3つの迷信
ところが、社会の中には「ストレス=メンタルヘルス=自分には関係ない」という図式でイメージしている風潮が見受けられます。私の仕事柄、「心の強い人はストレスを感じない」「まさか自分がメンタルヘルス不調になるとは思わなかった」などの発言を耳にすることもあります。こうした風潮や発言の背景には、ストレスやメンタルヘルスへの誤解や偏見があるように思います。特にメンタルヘルスに対しては、3つの迷信を信じている人が少なくないようです。
迷信の1つ目は「心の病気は、怠け者や心の弱い人がなる」というものです。しかし、心が強い/弱いというのはどのような状態を指すのでしょう? あらゆるストレスに耐えられる人が、あらゆる人よりも上位に位置するのでしょうか? 果たして、一生で一度も落ち込んだり悩んだりしたことのない人はいるのでしょうか?
2つ目は「心の病気は、その人の個人的な問題である」というものです。周囲の環境や状況は人によって異なります。いつも怒鳴っている上司がいる環境もあれば、取引先からの不平不満を聞き続ける状況もあります。高所で働く仕事もあれば、長時間声を出してはいけない仕事もあるでしょう。ほかにもさまざまな環境・状況があります。それらどのように環境や状況においても、「自分は大丈夫」と言い切れるでしょうか? 心のバランスを崩す原因は、性格傾向だけではありません。メンタルヘルスには環境や状況が大きく作用するのです。
3つ目は「心の病気は、治らない病気、恥ずかしい病気である」という迷信です。メンタルヘルス不調をそう感じるのは、おそらく1つ目の迷信「心の病気は、怠け者や心の弱い人がなる」を信じ込んでいるからだと思います。しかし、治る病気だからこそ、多くの治療機関が存在するのです。たとえばうつ病も、早期に手当をすれば、数ヶ月で回復すると言われています。メンタルヘルス不調はまったく恥ずかしいことではありません。
これらの迷信は、カメラが日本に伝来した頃、「写真を撮ると魂が吸い取られる」とか「真ん中に写った人は早死にする」などのようなレベルのものです。科学的な根拠がありません。そろそろ迷信から解放されてはいかがでしょうか。
ストレスチェックは安心して受けられる
労働安全衛生法の改正によって今年12月1日に施行された「ストレスチェック制度」は、こうした迷信とは異なり、科学に基づいて働く人を守るための制度です。
制度の概要としては、従業員が年1回以上ストレスチェックを受けられるように組織が環境を提供し、もし従業員に高いストレスがかかっているという結果が出た場合、その従業員は医師との面談を申し出ることができるというものです。
従業員個人の側からみた流れとしては、組織が準備する心の健康診断を受け、その結果を自分で見て、「まずいな」と思ったら組織に「ストレスが高いようなので、医師に会わせてください」と申し出ます。それに対して組織は、医師と相談の上、できる限りの環境改善や対処をすることになります。
ストレスチェック自体は、紙やパソコンなどで簡単な質問に答える形式のものです。厚生労働省が推奨している「職業性ストレス簡易調査票」というものは、57項目の質問から構成されています。東京医科大学が長年研究を積み重ねてきたもので、現段階で選択できる最良のものとして非常に信頼性の高い診断だと言えます。結果はレーダーチャートや分布表などの形式でフィードバックされます。
法令では、ひとつの事業場に従業員50人以上がいる組織に義務づけられ、50人未満の事業場には努力義務とされています。ここにおける義務・努力義務とは組織に対するもので、従業員個人が受診するか否かは任意です。
ただ私は、積極的に受診することをお勧めいたします。なぜなら、自分のストレスの状態を客観的・科学的に知ることができる絶好の機会だからです。健康診断で体の健康を定期的にチェックするのと同じように、ストレスチェックで心の健康を定期的にチェックすることは、とても意義のあることだと思うのです。
もしかすると、みなさんの中には「組織が自分のストレス耐性を調べて、悪い結果が出たら人事に影響が出るんじゃないか?」という懐疑心を持っている人がいるかもしれません。でもストレスチェックは、「心の病気」を調べるものではなく、個人にかかる「ストレス」を調べるものです。また、上司や役員、その他の従業員が本人の同意なく結果を見ることは許されていません。本人以外に結果を見ることができるのは、医師・保健師・看護師・精神保健福祉士など日頃から守秘義務のある専門家だけです。自ら申し出るまでは、組織には一切、結果内容がわからないのです。ですから、安心して受けることができます。
正社員・正職員だけでなく、契約社員やパートタイマー、派遣社員などの人でも対象となるケースがあるので、ご確認ください。
職場の構造的・機能的問題の改善につなげる
では、ストレスチェック制度をどのように活用すればいいでしょうか。
第一に、もしストレスが高いという結果が出たら、我慢しないでください。「私にはこんなにストレスがかかっている」と素直に手を挙げてください。専門的な内容ですから、第三者の専門家に任せるのが最適です。
別に恥ずかしいことではありません。生きていれば誰でも疲れますし、落ち込んだり、泣きたくなったり、腹が立ったりすることはあります。人間ですから当たり前のことです。それを自分の中に全部閉じ込めておくと、心のバランスが崩れやすくなります。ストレスを溜めこまず少しずつ吐き出して、心のバランスを保ちましょう。その第一歩が専門家に申し出ることなのです。
また、ストレスチェック制度は、組織のメンタルヘルス対策として職場改善にも大きく役立てられます。そのため厚労省は、組織が集団単位で平均値なりのデータを集計分析して(注:個人の情報は特定されません)、職場に存在するストレスの原因を構造的・機能的な問題として洗い出し、従業員が働きやすい職場に改善していくことを勧めています。
従業員のみなさんも、自分の職場が過ごしやすく、長く気持ちよく働ける職場にするために、みんなで協力するという意識を持ってはいかがでしょうか。
ストレスチェックはひとつの有効なツールです。これをきっかけに、従業員を大切にするメンタルヘルス制度の確立につなげていっていただければと思います。
はじめの一歩は基本を知ること
ストレスチェック制度の内容についてさらに詳しく知りたい方は、日本マンパワーの通信講座『意外と知らない「ストレスチェック」はじめの一歩』を受講いただければと思います。本講座のテキストは、富士通エフ・オー・エムを通じて私も執筆協力させていただきました。「人の心とは」「ストレスとは」など基本的なしくみから、ていねいにわかりやすく解説してあります。
心の健康は、自分の身を守るためにも、一緒に暮らしている家族のためにも、極めて大切なことです。そのためには、個人の方も企業の担当者も、基本的な部分から知ることが重要です。知っているつもりでも知らないことは、意外にたくさんあります。