ポジティブ心理学で自分の機嫌をコントロールする
[2015/01/29]
現代社会にはストレスに満ちあふれているようです。景気が良くなったと耳にすることはありますが、社会のストレスが減ったと聞くことはありません。
こうした状況について、人財開発・組織開発コンサルタントで立教大学経営学部兼任講師の太田哲二先生は、「現代人は毎日襲ってくるストレスに押しつぶされそうになりながら、何とか踏みとどまっている状態。このような組織風土を改善しなければ、個人も社会も幸せになれない」と言います。
そのために太田先生が推奨しているのが「ストレスサーフィン術」です。1998年に米国で提唱されたポジティブ心理学のうち、レジリエンスという分野の研修を応用したプログラムで、平たく言うと「自分の機嫌は自分でちゃんとコントロールして、楽しみながらストレスや困難な出来事を上手に乗り越える方法」です。
果たしてどのような内容なのでしょうか? 太田先生ご本人にうかがいました。1人でもすぐにできるストレス対処法も伝授していただきましたので、ぜひご参照ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
人財開発・組織開発コンサルタント
立教大学経営学部兼任講師
社団法人ポジティブイノベーションセンター理事
太田 哲二 さん
大学卒業後、4社の大手製薬会社に勤務。この間、医薬の営業、学術、マーケティング、研修の仕事を歴任。人材開発部門では教育研修部長としてコーポレートユニバーシティやコーポレートビジネススクール、管理職の研修を担当。また、主に管理職を対象としたリーダーシップやコーチング、ファシリテーションなどの社内研修講師を務める。産業カウンセラーやEQプロファイラー、MBTIユーザーなどの資格を持つ。得意分野は、ポジティブ心理学、EQ(こころの知能指数)やセルフモチベーション、「7つの習慣」といったマインド系のコミュニケーションスキル。漢方修士や鍼灸師の資格を持ち東洋医学にも造詣が深い。
組織に見られるストレスの状況
私は、コンサルタントとして企業や自治体から依頼され、職場風土や会議のあり方を診断するために現場を訪問する機会があります。そうすると、どの組織にも共通して気づくことがいくつかあります。
まずひとつは、職場がシーンとしていることです。みなさん、ひたすらコンピュータと対話していてシーンと静まり返っています。隣同士に座っているのでひと声かければ良いのに、メールでやり取りしているケースもあります。
それと関連して、姿勢も変わってきました。多くの人がうつむいて仕事をしています。会議でも資料に目を通しながらメモをしていてほとんどの人が顔を上げずに下ばかり向いています。
さらに、仕事に余裕がなくなってきました。昔は、出張先で少し観光してきたり、喫茶店でサボタージュしていたりしたものですが、最近はそれが許されにくくなっています。業務量や人員配置、コンピュータによる監視などによって時間的な余裕がなくなっています。
ほかにも、成果主義の導入で成果が出ないとリストラの危機にさらされたり、24時間メールや情報チェックに追われるなど、現代人は凹むことが多くたくさんのストレスに押しつぶされそうになりながらも、なんとか踏みとどまっているのが現状です。
竹のように折れない心「レジリエンス」
このように対人関係が希薄で凹むことが多くストレス過多の状態では、個人も組織も幸せになれません。そこで、どのようにすれば一人ひとりがイキイキと輝いて幸せに仕事ができるか、どうすれば組織が活性化できるかを考えて、プログラムに落とし込んだのがストレスサーフィン術です。これは、ポジティブ心理学のレジリエンスの概念を研修に応用したものです。
ポジティブ心理学は、ペンシルバニア大学心理学教授のマーティン・E・セリグマン博士が1998年に提唱したものです。これまでの心理学は、精神分析やうつ、パニック症候群などネガティブな側面を研究対象としてきましたが、ポジティブ心理学では、人の優れた側面、可能性や強み、能力などに焦点を当て、「どうすれば人はより良く生きられるか」を研究しています。「良いことを考えれば良いことを引き寄せる」などの自己啓発系のポジティブ思考とは異なり、統計など科学的根拠に基づいた幸せに関する学問です。
ポジティブ心理学が扱う分野は非常に幅広く、ハッピネス(幸せ)、ポジティブ感情、強みと弱み、自信、自己効力感、希望・意味、楽観と悲観、フロー、ポジティブ組織学、ポジティブ組織行動学、ポジティブチェンジ…などがあります。レジリエンスもポジティブ心理学の主要な分野のひとつとして最近注目を集めています。
レジリエンスとは、「困難を乗り越える力」「心のしなやかさ」「挫折しそうになっても立ち直る力」「生き抜く力」などと訳されています。竹のようにしなって折れない心の状態だと言えるでしょう。元々は物理学用語として「外力による歪み(=ストレス)をはね返す力」の意で使われていました。
自分で選択した反応が自分を傷つける
レジリエンスの要素、つまりしなやかで折れない心を作る要素は、さまざまあります。「多大なストレスにさらされながらも健康であり、かつ好調な業績を維持している人たちが持つ性格の特性」に関する調査では、Control(コントロール:自分自身をコントロールできる)、Challenge(チャレンジ:困難な出来事をチャンスと捉えて積極的に立ち向かう)、Commitment(コミットメント:当事者意識を持って意欲的に関わる)、Connectedness(コネクティッドネス:周囲との絆を大切にする)という4つのCの重要性が指摘されています。
NHKのクローズアップ現代でもレジリエンスが紹介されたことがありますが、状況に一喜一憂しない感情のコントロール、自分を過小評価しない自尊感情、やればできると感じる自己効力感、変化をチャンスと捉えることのできる楽観性、周りの人との強いつながり感の持てる人間関係の5つのポイントが挙げられていました。
これらの要素の中で、自分自身をコントロールすることによって大きな変化の波をサーフする(乗り越えていく)ことに関して、私自身の体験をお話しさせていただきます。
私は長年、製薬会社に勤務していました。ある時、その会社が外資系の会社に買収されてしまいました。そして、家庭的だった雰囲気の職場はアグレッシブな雰囲気に変わり、新しい上司・同僚から厳しい言葉を投げかけられたり理不尽な思いをしたりして非常に悔しい思いをしたことがあります。放っておくとストレスにつぶされそうでしたので学生時代の親友を飲みに誘い話を聞いてもらいました。
彼はじっと私の顔を見て「お前、今、すごく悪い顔しているぜ。悪いのはお前の上司や同僚だろ。それなのにお前が悪い顔になるのは割に合わないんじゃないか?」と言われました。さらに、「あいつからあんなこと言われて昼飯ものどを通らないと言っても、あいつはしっかり食っている。お前が夜も眠れないと言っても、そいつはしっかり寝ている。損をしているのはお前だけじゃないか」と言われました。
確かにそうだと思いました。外部からの刺激に対してどのような反応をするかは、自分で選ぶことができるのです。上司や同僚から嫌なことを言われたのはずっと前のことだったかもしれません。でも、その過去の出来事をずっと引きずっているのは、私自身が今に生きていないからです。一瞬一瞬新しい今が訪れているのに、過去の出来事に捉われてみじめな思いになっていたのです。『7つの習慣』の著者、スティーブン・コヴィー博士も次のように言っています。
「他人の行動が私たちを傷つけているのではない。他人の行動に対して自分で選択した反応が自分を傷つけているのである」
その通りだと思います。つまり、過去に引きずられずに自分で自分のご機嫌をとることができて、今の一瞬を楽しみながら生きることができれば、私が経験したようなストレスは乗り越えられるのです。