「CDAの学び」をどう活かしていくか(前編)
[2018/07/31]
「企業で働きながら、キャリアコンサルタントの資格を活かしたい」
そう思い描いて資格を取得した人、あるいは資格取得を目指そうとする人は少なくないと思います。
では、企業内でどのように資格を活かしていけるのでしょうか?
すぐに思いつくのは、キャリア支援室などの専門部署や人事部門などで、キャリアコンサルティングや個人面談を行うことかもしれません。しかし、けっしてそのような狭い領域に留まりません。キャリアコンサルタントの資格取得を通して得た学びは、さまざまな場面で活かすことができるのです。
実は、去る7月7日(土)、東京であるイベント(※)が行われました。『企業内で「資格取得で得た学び」をどう活かしていくか』をテーマとするもので、まさに「企業内でどのように資格を活かしていけるのでしょうか?」という問いに答えてくれる内容です。資格取得者の関心も高く、CDA(キャリア・デベロップメント・アドバイザー)が約70名も集まりました。
本シリーズでは、その基調講演のポイントを、2回にわたってご紹介いたします。講演者は、日本マンパワー『キャリアコンサルタント養成講座』の講座開発担当の責任者である田中稔哉さんです。
前編となる今回は、AIと道徳の観点からキャリアカウンセラーを捉え直すという内容です。ぜひご参照ください。
(注釈)
※JCDA西関東支部西東京地区主催・日本マンパワー共催(於:国立オリンピック記念青少年総合センター)
●講演者
株式会社日本マンパワー
取締役
キャリアコンサルティング事業推進部長
CDA、1級キャリア・コンサルティング技能士、精神保健福祉士
田中 稔哉 さん
人格をAIに判定・判断させる研究
今、働き方改革や国内労働力の減少など、さまざまな環境変化の中でひとつのテーマとなっているのがAIです。私の個人的な関心も含め、キャリアカウンセリングや人事部門の仕事にどのようにかかわってくるのかについて、お話ししたいと思います。
AIの発達は著しく、単なる効率化のためだけではなく、今後は判定や判断の領域に入ってくるそうです。すでに、病気の予測や人材採用などに活用するケースも出てきています。
ただ、AIが判断・判定をするようになると、倫理観はどのように扱われるのでしょうか。この場合の倫理観とは、AIを使う人間の倫理観と、AI自身の倫理観に分けられます。「AIの倫理観」と言うと違和感があるかもしれませんが、実は現在、東京大学でAIに道徳を教える研究が進められているのです。AIに善悪を判断させるような研究です。
一般的に、人間が判断をする場合は、過去の経験から継続的な判断をしがちです。特にビジネスにおいては、過去の積み重ねを基にして判断をすることが多くなります。しかし、AIの場合は非連続的に判断していきます。「こういうことがあるとこういうことが起きる」というデータを基に判断がなされると、私たちは、非連続的あるいは脈絡のない判断だと感じることでしょう。場合によっては、通常では理解しがたい判断結果となる可能性もありそうです。
ところが実は、すでに人事業務においてもAIを活用しようとする動きがあるのです。特に採用面でその傾向がうかがえます。また、たとえば、会議や電話での音声を収集し、その人の話の内容や声帯などを一定期間分析すると、その人の人格レベルが判断できるという話もあります。実際に、そうしたことを研究している方々が存在しているのです。話の内容や声帯だけでなく、皮膚温度の変化や目線の動き、脈拍なども観測することで、評価や選抜、配置、教育、メンタルヘルス不調の予防に活用しようとする研究がなされています。
現時点ではいつ実現するか定かではありませんが、すでに人事の世界に関係してきていることを考えると、いずれキャリアカウンセリングの世界にも関係してくるのではないかと思われます。
相談者はAIの社会を生きる
こうしたAIをめぐる動向の中で、私たちCDAはどのように考え、どのように行動すればいいのでしょうか。私はある程度の年齢になりましたから、当初は「AIがキャリアカウンセリングの世界に入り込む前に逃げ切れるかな」と思いました。でも、相談者はこれからの社会を生きることになりますので、AIから逃げ切ることはできません。ですからキャリアカウンセリングをするみなさんは、逃げ切れないのです。
ですから、AIに対しては逃げることもよりも、むしろ理解していこうとしなければいけないと思っています。私たちCDAは、相談者の生きる社会を理解していかなければなりませんから。
おそらくすでに、AIはキャリアカウンセリングのインテーク面談くらいはできるだろうと思っています。それ以降の複雑なコミュニケーションはまだ当分できないと思いますが、将来的には人知を超える能力を持つのではないかと思います。
さて、みなさんはAIに対してどのようにお感じになるでしょうか?
私自身は、AIに恐れや戸惑いを感じつつも、その一方で、AIに対して受容や共感をしていこうと思っています。
AIに教える道徳の4階層
先ほど述べた、東京大学でAIに道徳を教えているというお話は、扶桑社新書の『東大教授が挑む AIに「善悪の判断」を教える方法』という本で説明されています。鄭 雄一さんという先生が書かれています。
その本を読むと、徳には4階層があり、その階層順にしたがってAIに道徳を教えているそうです。
第1階層の徳は「自分だけが得をすればいい」と、自分の損得だけで動いているレベルだと書かれています。
第2階層は、「仲間や共感できる人の範囲内」で徳を捉えているレベルです。このレベルで初めて他者が出てきますが、まだ自分が中心で、利他の精神ではありません。「自分が承認されたい」「自分がほめられたい」などという意味で、他者を意識しています。
第3階層は、「社会の役に立ちたい」「人の役に立ちたい」と考える徳です。ただ、このレベルにおける社会とは、自分の所属する社会、自分の理解できる社会に留まります。たとえば、「戦争で人を殺せば仲間にとってプラスとなり英雄になる」というような世界だそうです。
そして第4階層が、「人類などすべての生き物に対して共感し、仲間と捉え、そのために生きる」というレベルとのことです。ちなみに、第4階層の人は人類の中で1%台しかおらず、約7割が第2階層に属するらしいのです。
また、その先生によると、どの階層の人も怖いことやわからないことなど異質な出来事に出くわすと、最初は気持ちが引いてしまうらしいのです。それでも異質な出来事を否定せず、「どうしてそうなのか?」という思考に戻せるか否かが、AIに道徳を教える際に大事なのだそうです。
なんとなくキャリアカウンセリングに似ています。AIは、トレーニングによってそうした思考に戻せるようですが、キャリアカウンセリングの学びも同様かもしれません。いずれにせよ、多様性を受け入れるという意味では、AIもひとつの多様性だと考えることができますし、私たちの仕事としても受け入れることが大事なのではないかと思います。
キャリアカウンセラーとは何か?
こうしたことを踏まえて考えた時、いったい、キャリアカウンセラーとは何でしょうか?
有資格者から、「講座で学んだことを活かせていない」「キャリカウンセリングをしていない」という声を聞くことがありますが、果たして「キャリアカウンセリングを活かせている」とはどのような状態のことを指すのでしょうか? 相談業務をやっているということでしょうか。あるいは、学校・企業のキャリア相談室やハローワークで働くことでしょうか。あるいは、肩書きでしょうか。
みなさんは、どんな時に「自分はキャリアカウンセリングをしている」と思いますか? あるいは、まだあまり実践されていない人は、どんなことをしている時に「自分はキャリアカウンセリングをしていると感じるだろうなあ」と思いますか? その場面を再現するように、改めて考えてみてください。
キャリアカウンセラーとは、どこで何をする人なのでしょうか? どのような役割を持つのでしょうか? 誰にどのような価値を提供しているのでしょうか?
私も考えてみました。現時点で私の考えるキャリアカウンセラーの定義は、「肯定的人間観をベースに、専門的知識と専門技術を活用して、人や社会が自律的に成長するような支援が、意図的にできる人」です。
ここでいう「成長」こそ、先ほどAIの道徳教育でお伝えした「徳を高めること」だと思います。「徳」とは「人の尊厳」を守ることです。ソクラテスの頃の哲学やほとんどの宗教を調べると、そのようです。具体的には、生命や身体、財産、名誉、信用などを守るということになりますでしょうか。これらを考え合わせると、キャリアカウンセラーがクライエントに望むことは徳を高めていくことなのだろうと思うのです。そして、そのためには、受容する相手、共感する相手、利他する相手を広げることが求められると、私は考えます。
みなさんも、ぜひ自分の言葉で伝えられるように、「キャリアカウンセラーとは何か」を概念化していただければなと思います。
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【編集部より】
★当日の講演では、前後左右の席の人とグループワークをする時間が、何回か設けられました。たとえば「自分にとってのキャリアコンサルティングとは」というテーマでは、2人1組で相互インタビュー。人事業務で活用する人、取引先のキャリア形成を支援する人、同僚・部下からの相談に活かす人、プライベートな人間関係で活かす人など、さまざまな思いが言葉になっていたようです。参加者全員が有資格者ですからすぐに打ち解け合い、会場は大いに盛り上がりました。
さて、次回は後編です。組織内キャリアカウンセリングの制約や難しさをどのように考えて乗り越えていけばいいか、あるいは活躍しているCDAにはどのような共通点があるか、などについてご紹介いたします。
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