子育て期お母さんたちの自己効力感が上がる環境を目指して
[2016/06/28]
私たちが生きていくためには、仕事だけではなく、家庭や地域社会なども同様に必要な環境です。いわゆる有給の仕事をしていなくても、かけがえのない営みをしている子育て中のお母さんたちが、自分の生き方にOKと思えて、自分の人生に愛おしさと誇りを持ってもらえるようなお手伝いができればいいなあ——。
先月の当コーナーでご紹介した野々垣みどりさんは、友人との会話を通してこう感じたそうです。そして、社会人大学でたまたま「キャリア」について知ったことで、法律特許事務所、外資系金融機関と歩んできたキャリアから、CDA(キャリアカウンセラー)となることを決意します。
キャリアカウンセラーになってからはというと・・行政機関、大学、PTA、企業、地域、学会など、さらに動いていきます。そして今、パートタイムで働く地域のお母さんたちのキャリア支援にも取り組んでいます。
果たしてどのような経緯でそれらの仕事に就いてきたのか。また、どのように地域のお母さんのキャリアを支援しているのか。今回は、行政機関での経験と、子育ておよびPTA活動を通してのかかわりを中心にご紹介いたします。ぜひご一読ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社エマージェンス 代表取締役
亜細亜大学国際関係学部 キャリアコーディネーター
亜細亜大学キャリアセンター“Career Garden” 統括責任者
駒沢女子大学人文学部 非常勤講師
キャリアカウンセラー(CDA)
野々垣 みどり さん
キャリアカウンセラーとして活動開始
CDA資格を取得してからほどなくして、無事に社会人大学を卒業できました。ちなみに、卒論のテーマは『出産・育児をきっかけにキャリアを中断した高学歴女性の再就業』です。会計関係の単位取得を目的に編入学したはずが、思いがけない展開となりました。
長男が小学校に入学すると同時に、私は、キャリアカウンセラーとして働き始めました。最初の数年間は、幾つかの大学のキャリアセンターやハローワークなどの行政機関で派遣や契約などの非正規社員として働きました。当時、学生職業総合支援センターと呼ばれていた厚生労働省が設置していた行政機関は、民主党政権のときに東京新卒応援ハローワークに変わりました。ここでは、今では当たり前になった「ハローワークと大学のコラボレーション」の立ち上げプロジェクトに携わりました。東京都全体で6人だけのメンバーの1人として、「学生のために何ができるだろう?」と試行錯誤しながらプランを練りました。大学や専門学校に出向いてニーズをうかがったり、ワークショップやセミナーの開催などを提案したり、企画・実施などをすることができたことは、非常に勉強になりました。
最も印象に残っているのは、学生対象ではない一般向けのハローワークで働いていたときのことです。生活保護を受けながら職を求めて何度も求人に応募しては不採用になっている方の履歴書は何度も使い回されボロボロでヨレヨレでしたが、新しい履歴書を応募のたびに買いなおしたり、写真を焼き増したりする金銭的な余裕などないと聞かされたこと。職に就けるなら、住まいがある八王子から勤務地の新宿までお金に余裕ができるまで毎日歩いて通勤するから、遠すぎると言わずに応募させて欲しいと懇願されたこと…。衝撃を受けた最たるものは、この場ではお伝えすることができませんが、それまでの自分の人生の中では知ることもできなかったような「人が生きる」ということを生々しく感じる貴重な経験を一般のハローワークでの仕事を通してさせていただきました。
改めてキャリアカウンセラーに求められているものの重要性を感じるとともに、弁護士になりたいと思っていた自分の想いと15年近くの歳月を経て、しっかりとつながった感じがしました。外資系金融機関での“寄り道”がなかったら、つながれなかったのではないかと思っています。
子どもを守る最後のゴールキーパーはお母さん
フルタイムでキャリアカウンセラーの仕事をしながらも、授かった2人の息子たちの育ちやその環境にはできるだけかかわりたいと思っていました。
子どもの学校での様子や、先生、お友達とそのご家族、習い事での様子など、小学生になった息子がどのような人と環境のかかわりの中で育っていくのかを知りたいと思いました。親としてできることの中で、クラスの委員をやったり、学童保育所の役員をやったり、学校の学習サポート等のボランティアの機会には、できるだけ参加をするようにしていました。それらの活動の中で、親だけではなく、本当に大勢の方に見守られ、大切にされ、そのかかわりの中で子どもは育まれているのだということを知りました。
一方で、特に専業主婦と言われるお母さんたちが、「ただの子持ちの専業主婦」「社会的価値を生んでいない」と私の学生時代の友人達とまったく同じことを言うことが胸に刺さる日々で、お母さんたちのライフキャリアをどのように応援していくか?という問いも持ち続けていました。
皆さんよくご存知のように、女性の年代ごとに働く人の割合をみると、一旦仕事を辞めて、育児が落ち着いた時期に再び働き出す「M字型カーブ」になっています。少子高齢化が急速に進行しているため、働く人の割合が低下しており、このM字型カーブの底を押し上げれば、働く人の割合も上昇するので、女性の活躍の促進がわが国の成長戦略の中核と位置付けられるまでになっています。日本の施策は「働くこと」が前提としてあり、それをいかに「働きやすくするか」となっています。私は、この課題に違うアプローチで取り組んでみたいと思いました。なぜなら、お母さんたちの話を聞けば聞くほど、このM字型カーブの底の時期にいるお母さんたちは外に出て「働きたい」わけではなく、「充実した子育ての時期を過ごしたい」と思っていることがわかってきたからです。お母さんたちを取り巻く環境が、お母さんたちの自己効力感を低下させているのだとしたら、その環境を変えることで自己効力感を上げていき、日々の生活をOKだと思えることにつながるのではないかと思ったのです。
たとえば子どもが小学校の中学年くらいまでは、病気になった、怪我をした・させた・させられた、物を壊した・壊された…など、本当に毎日のように大小さまざまトラブルが起きます。また、学校の保護者会や委員会活動や、習いごとなどの送迎、学用品の購入やら(夜になって「明日〇〇が必要なんだ」などと言われて、イラっとする経験も多いかと思います)食事や身の回りの世話のアレコレなど、たいていの場合には、お母さんがその対応をする最後を守るゴールキーパーとなります。共働きであっても、勤務を調整して対応をするのは、お父さんではなくお母さんの方が圧倒的に多いのではないでしょうか? 子育て期のお母さんは、働いていれば働いていたで、職場の同僚に申し訳ない気持ちを持ちながら働き、専業主婦なら専業主婦で「社会的価値を生んでいない」と自己効力感が低い状態に置かれます。
子どもが成長してくると、教育費などがかさんできます。子どもが小さいうちは、自転車で通えるような自宅近隣地域でパートタイマーをするケースが多く、子育てにさらに余裕が出てくると、もう少し稼いだり、もう少しやりがいを感じる仕事をしたりしたいと考えるようになります。でも、それまで子育て中心の生活を送ってきたお母さんには、キャリア開発する機会がほとんどありません。じっくりと自分の棚卸をしたり、10年後の将来を考えたりする機会も、ほとんどなかったのです。
そこで、日本の女性のM字型カーブの底から右側の山を登っていく時期を、その時々にある資源(リソース)を活用しながらキャリア支援をすることができないか?ということを考えました。
小学校のキャリア教育でよくある「職場訪問」。この活動には、引率のお手伝いとしてたくさんの保護者がサポートに入ります。サポートに入ったお母さんたちにご協力をいただき、職場訪問での経験を語ってもらい、キャリアカウンセラーとしてかかわることにより、「価値観に気づく」「自分の課題が整理される」「自分の将来について考える必要性に気づく」などの効果があるらしいということがわかりました。お母さんのために特別な研修の機会を設けることができなくても、いまある資源(リソース)をうまく活用することによって、お母さんたちのキャリア支援をしていくことができる可能性があるのではないかと思います。この事例に関しては、精査はしていませんが、事例紹介としてAPCDA(アジア太平洋キャリア開発協会)の年次大会で発表をするとともに、細々と今もリサーチを続けています。
M字型カーブの底の時期を充実させるための方策の一つとして、小学生の子どもを持つ親からは嫌われているPTA活動も、うまく活用することで、キャリア支援の“ツール”となりうるのではないかと思いました。ママ友とも、子育てを楽しみたい、PTA活動もどうせならもっと楽しく、やって良かったと思える活動にできたらいいと話したりしていました。実は、PTA活動の質が、お母さんたちの生活や自己効力感に少なからぬ影響を与えているのです。本当に必要なことを取捨選択し、時間と労力を使ったかいがあるような活動にし、仲間づくりやスキル取得など、子どもの育ちを軸にお母さんたちもまた育っていかれるような活動にしていかれたらいいな・・・と。「だったらPTAの役員をやってみよう」と思いました。子どもが学校に通っている期間しかかかわることができないPTA活動ですが、副会長1年、会長2年をつとめました。ほんの少しだけPTA活動を改善して、M字型カーブの底の時期を充実させることに、少しでもお役に立てたらよかったのですが、3年の任期満了となりました。この課題は次のPTA会長さんへバトンを渡し、応援しています。
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★パートタイムで働く地域のお母さんたちのキャリア支援など、本記事の続きは来月の当コーナーでご紹介いたします。
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