キャリアカウンセリングは「何のために」「誰のために」
[2019/12/20]
キャリアカウンセリングは、多様な人を対象に、人と社会との間で、あるいは過去と現在と未来の中で、その人の想いや気持ちとかかわります。ですから、非常に奥深い行為であると同時に、専門家として継続的な学びが求められます。
キャリアカウンセラー(CDA)約2万人が入会する日本キャリア開発協会(JCDA)では、全国各地で自主的な学びの場が多く設けられています。本記事は、すでに2回にわたってご紹介してきたトークセッション「人生100年時代のCDAの未来 〜内から外への具現化〜」(2019年9月8日開催)の最終回。登壇者は、JCDA理事長の大原良夫さんと、日本マンパワー・キャリアコンサルタント養成事業担当取締役の田中稔哉さんです。
生き方が多様化するとともに、自律が求められる社会において、キャリアカウンセラーの役割はますます重要になってきています。CDAの未来がどのように拓けようとしているのか、お二人のお話から感じ取っていただければ幸いです。
●登壇者
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長/研究員
大原 良夫 さん
株式会社日本マンパワー
取締役
キャリアコンサルティング事業推進部長
田中 稔哉 さん
キャリアカウンセリング機能を社会システムに
——仕事をめぐって悩んでいる人は多いと思いますが、キャリアカウンセリングを受ける人もいれば、受けない人もいます。場合によっては、受けたくても受けられない状況にある人もいるかもしれません。それについてはどのようにお考えでしょうか。
大原 現在のキャリアカウンセリングのサービスは、そのほとんどが何らかの形で組織の成果や実績にひもづいていると思われます。たとえば、大学のキャリア支援センターやハローワークであれば就職率などに結びついているでしょうし、企業内であれば人事施策やパフォーマンスに結びついているでしょう。こうした現実の中で、その範疇にあてはまらない人へのサポートはどうするのか。それについては私も常々考えています。
JCDA(日本キャリア開発協会)の設立の基本理念は「キャリアカウンセリング機能を社会システムとして具体化する」です。言い換えれば、国や公的機関がサービスを提供できない人に対してもサービスを提供できるような制度や仕組みをつくっていく、ということです。これはJCDAの夢であり、使命であると思っています。利害関係のある組織にひもづくことなく、クライエントの話をじっくりと聴くサービスを実現することができれば、と考えています。
——「キャリアカウンセリング機能を社会システムに」という理念について、もう少し詳しくお聞かせください。
大原 たとえば、すべての人が定期的に自分のキャリアをチェックできるシステムをつくるということです。まだ具体的にお答えできる段階ではありませんが、そうしたシステムを社会につくっていきたいという想いがあります。
そのためには、キャリアカウセリングに対する一般的認識から変える必要があります。たとえば皆さんは、今までにキャリアカウンセリングを受けたことがあるでしょうか。もし受けていない人がいるならば、なぜ受けないのでしょうか。おそらく「今の私には相談するような悩みがないから」「特段の問題がないから」と答えるのではないでしょうか。
しかし、キャリアカウセリングの対象は、悩みなどの問題を抱えた人だけなのでしょうか。けっしてそうではありません。そうした認識が、社会システムになり得るかどうかに大きく影響すると思います。
田中 今、大原さんがおっしゃった「対象者は問題を抱えた人なのか」という問いかけは、「経験代謝」という概念が考え出された大きなきっかけになっています。その際、私たちは「キャリアカウンセリングとセラピーとはどう違うのか」「キャリアカウンセリングとマッチングとはどう違うのか」などと考えた末、「キャリアカウンセリングは、その人らしく生きることを支援する」という結論に達しました。つまり、キャリアカウンセリングの対象は必ずしも問題を抱えた人に限定するものではないということを意味しています。
キャリアカウンセラーは何をするのか
——まず、私たちCDA自身が、キャリアカウンセリング観を見直さなければいけないのかもしれません。CDAはどのような意識で、何を大切に、どのような人間観を持ってキャリアカウンセリングにあたればいいのでしょうか。
大原 先ほど述べたように、キャリアカウンセリングには「何か問題があるから受ける」という一般的イメージがあります。そして、その考え方は次に「問題を解決する」というロジックに進みがちです。
もちろん、問題解決をすることが重要なケースもありますが、JCDAは「問題」だけではなく、「生き方」にフォーカスしています。「キャリアカウンセリングとは、自己概念の成長を促す働きかけである」と捉えているのです。それがCDAの大きな特徴です。キャリアカウンセリングの目的は、問題を解決するために行うのではなく、クライエントの成長を支援するために行うということです。常にその意識を持っていることが大切だと思います。
田中 大原さんのお話に付け加えるならば、対人支援をするプロフェッショナルとして、ある程度の情報や知識、ノウハウをクライエントに提供できる状態であってほしいと思います。
——人の成長に関わるにあたって、私たちは何をすればよろしいでしょうか。
大原 第一には、クライエントの経験を聴くことです。CDAの皆さんはご存知だと思いますが、経験代謝サイクルを回すことが大切です。それができるように皆さんが学んでこられたことは、大きな強みだと思います。
田中 補足すれば、経験代謝を意識したキャリアカウンセリングによって、クライエント自身が視野を広げ、多様な視点から世界を捉えられるように促していく、さらに、視野を広げるだけでなく出来事や状況を自分事として考えられるようになっていく、そして、クライエントは、そういう方向へ発達・成長することを通して課題解決へ向かっていく、ということかと思います。
大原 きっと皆さんも、成長支援が重要であることはわかっていることと思います。また、問題解決自体はけっして悪いことではなく、非常に重要なことです。ただ、クライエントを中心に置くことがなおざりにならないように十分に留意する必要があります。そうでないと、つい問題解決だけに意識が傾きがちになってしまうからです。
経験の中にある“ゆらぎ”
——クライエントに経験を語っていただくことと、クライエントが「現実に対して自分事として対処できるようになる」ということとのつながりについて、理解が難しい面があります。
田中 誰しも、これまで生きてきた人生すべてを話すことはできません。思い出せない出来事もあるはずです。ただ、キャリアカウンセリングでクライエントが話す「経験」は、出来事に感情や思考が伴って、ストーリーとして記憶されたものです。クライエントは過去の自分に戻って話をしているのではなく、今ここのクライエントが語っているのです。ここが大事なポイントです。
今のクライエントが語る経験は、感情や思考が動いた経験、ゆらいだ経験といってもいいでしょう。このゆらぎの経験の中には、クライエントにとっての「大事な何か」「自己概念」などが隠されていると思われます。ですから、経験の中にある「ゆらぎ」をていねいに聴くことによって、クライエント自身が「自分はこういうことを大事にしていたから気持ちが動いたんだ」と気づき、目の前の課題に対して、その人らしさを大事にした方法で主体的に取り組んでいけるのだと思います。
また、「自分事にできる」ということは、それまで自分の外の世界に置いていた見たくない経験に対して、「自分はこれを大事にしていたから、そう捉えていたんだ」「自分がこれにこだわっていたから、そうしていたんだ」「今の自分ならこうも考えられる」と実感し、その経験を自分なりの視点で考えることができ、さらには自分でも何らかの関わりを持とう思えるようになるということです。こうしたプロセスを自己概念の成長と呼んでいます。自分事にできたクライエントの言動は、外の世界に置いているクライエントの言動と、おそらく変わってくるはずです。
——経験を語っていただくことで自己概念の成長を促すのが、私たちの役割なのですね。クライエントがポジティブな自分とネガティブな自分とでゆらいでいるとするならば、それをつなぎ合わせることも、私たちの専門性のように思いました。
大原 そうですね。その意味で、経験代謝の考え方ができたことは、キャリアカウンセリングのプロセスがわかりやすくなり、大きなメリットをもたらしました。
ただ一方で、経験代謝を単なるテクニックにしてしまわないように気をつけなければいけません。クライエントの気持ちに寄り添って共感することが何よりも大切であることを、今一度自分に問い返すことも大切です。
田中 たとえば、クライエントが「悲しいんです」と言った時、CDAが「ああ、悲しいのですね」とかかわるのは、表面的な共感でしかありません。そうではなく、CDAが経験を聴く中で「どのような出来事があって、それに対してどう感じ、どう考えているから悲しいんだ」と、ストーリーを知った上で実感として共感することが大事だと思います。
自分にとってのキャリアカウンセリング
——最後に、一言ずつまとめの言葉をいただければと存じます。
大原 皆さんはなぜCDAになられたのでしょうか。それを自分の歴史に基づいて、誰かに自信を持って語ることができれば、CDAの本質がわかるのではないかと思います。
また、会場の中には「今はキャリアカウンセリングをしていない」という方もいらっしゃいましたが、今日の話を聴きにいらっしゃったこと自体が、キャリアカウンセラーとして大切な活動の一つだと思います。本日はどうもありがとうございました。
田中 個室で相談に乗ることだけがキャリアカウンセリングではありません。私自身、キャリアカウンセラーとしての人間観を持ったことで、家族や部下とのかかわり方がすごく変わりました。あらゆる場面で、「この人は何を大事にしているのだろう」などと相手に関心を持って接するようになったと思います。
仕事で支援をされている方は、「人の役に立ちたい」という想いや「役に立つことができる」という想いなどがあることでしょう。ただ、「すべての人に自分が役に立つことができる」と捉えてしまうと、何らかの歪みを生むことにつながります。ですから、「役に立ちたい」という想いと、「役に立てない時もある」と自分を受け入れることのバランスを取りながら続けていくことが大切だと思います。
また、今日の対話を通して、政策提言の必要性を改めて感じました。
今日はありがとうございました。