地域のお母さんたちがよりよいライフキャリアを歩めるために
[2016/07/29]
前回の同コーナーでは、キャリアカウンセラーとして働きながら、PTA活動などを通して、「子育て期のお母さんたちが自己効力感を上げられるような環境」づくりや「子どもの育ちを軸に、自分もまた育っていかれるような活動」づくりに取り組まれた、野々垣みどりさんのお話をご紹介しました。
もっとも、野々垣さんの活動はPTA活動だけでは語れません。キャリアカウンセラーとして大学のキャリアセンターやハローワークなどの行政機関で働いていた時の経験、ご自身の子育てを通して得られた経験、学生時代の友人やママ友とかかわってきたことによる経験・・その時その時のさまざまな瞬間がつながって行動に表れたひとつが、PTA活動と言えるのかもしれません。
そして、その直接的な原動力は、「お母さんたちのライフキャリアをどのように応援していけるか?」というご自身への問いに根差しているようです。
その問いは今もなお続いており、地域・大学・学会などでの活動につながっています。
今、野々垣さんはどのような活動をしているのか? また、なぜこうした活動が可能になったのか? キャリアカウンセリングをどのように捉えているのか? その奥深く参考になるお話、ぜひご一読ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社エマージェンス 代表取締役
亜細亜大学国際関係学部 キャリアコーディネーター
亜細亜大学キャリアセンター“Career Garden” 統括責任者
駒沢女子大学人文学部 非常勤講師
キャリアカウンセラー(CDA)
野々垣 みどり さん
お母さんと地域と企業をつなぐネットワークづくり
PTA役員と併行して2年ほど前から取り組んでいるのが、パートタイマーとして働くお母さんたちのキャリア形成支援と、企業内にとどまらないキャリア形成支援の環境づくりです。具体的には、企業と契約を結び、小規模な企業間での情報交換の機会を設けたり、従業員が数人の会社を幾つか集めて共催で研修を実施したりしています。主な対象は、中学校の学区+α(自転車で簡単に移動できる程度)の範囲に位置する地域の企業です。なぜなら、ライフとワークの場を同じ地域圏内に持ち、子どもの成長に合わせつつ、パートタイマーとして働くお母さんたちを取り巻く環境をできる限り把握するためです。この「選択と集中」により、企業にこまめに顔を出して情報交換をすることが可能となり、実現することができました。お母さんたちの発達的視点に立ったキャリア形成支援を、一企業にとどまらず、企業間、さらに地域内外へとつないでいけるような方策を模索している中で、小規模企業の正社員の方へのキャリア形成支援の方法もヒントが見つかっています。正社員にはキャリア形成促進助成金、パートタイマーにはキャリアアップ助成金なども活用しながら、個人の相談や研修を実施しています。その際は、社内環境整備のお手伝いを企業の方々や社会保険労務士、弁護士、行政書士、産業医など他の専門家の方々と一緒にさせていただいています。「地域内の同じような悩みを抱えている企業と企業とが連携すればいいのではないか」と感じるところもあるため、共通して実施する研修や環境作りへの取り組み、企業の垣根を越えてフォローしあうような働きかけは、諸関係者と協働するのが望ましいと考えるからです。
今はまだ試行錯誤の段階ですが、これを今後有用性がある手立てとして育てていくのが私の課題のひとつです。
大学のキャリア教育プログラムの開発も
現在の仕事は、ほかに、複数の大学の低年次キャリア教育に携わっています。
ひとつは、学部の特色を活かしたオリジナルのキャリア教育プログラム開発とその実施です。2年前から関わっている仕事で、今年度から正規授業科目となりました。160名を超える履修希望者がいたため、小論文で選抜した学生40人を対象に、アクティブラーニングなど体験学習モデルをベースにしたワークショップ型の授業を通年で担当しています。
もうひとつは、全学を対象としたキャリアセンターからの業務委託で、主に1・2年生向けの個別相談とキャリアディベロップメントのプログラム開発・実施です。低年次向けの本格的キャリア形成支援は本学で初めての試みとなります。
何もなかったところに新しいプログラムを導入したため、今年度は、キャリアカウンセラーとして個別相談やワークショップを実施する前段の仕組みづくりに注力しています。学生自身からの要望など生の声を拾ったり、学生が使う学修ポートフォリオシステムの活用方法を考えたり、プログラムの有用性を周知・浸透させていくための働きかけ、学部の先生方や、体育会本部など学生諸団体との意見交換や新たな連携づくりなどを、キャリアセンターの職員さんとチームを組んで試行錯誤をしながら前に進めている最中です。大学におけるメインの“商品”は学部の授業となりますので、今ある資源(リソース)である授業とキャリア形成支援をどのように相互補完と相乗効果を上げていくのかが課題のひとつです。学部によっては、教授会の下にあるキャリア委員会にも出席し、学部のご意向を伺ったり、キャリアカウンセラーからの情報提供や意見などをお伝えしたりしながら、カリキュラムとの連携・調整を図るなど中長期的視点で実現に向けて取り組んでいます。
また、別の大学では人文学部の非常勤講師として、就業力育成に関する科目も受け持っています。自分が大学の先生になるなんて、一度も思ったことがなかったので、このようなご縁に驚いています。
偶然の出会いや人とのかかわりの中から
やりたいことやできそうなことが生まれてくる
ひとつ何かをやったら、次のことがやってきて、それをやってみたら、また次がやってきて…という繰り返しの結果、特に目標を立てて実現したわけではないのですが、今はこのような感じで地域や企業、大学などで活動をしています。。
いろいろなことに興味のアンテナを立てていると、「もっと知りたい、もっとやってみたい」と心が動いたり、「○○をやってみない?」と声を掛けていただいたり、「こちら側にドアノブがないキャリアのドアが、向こう側からひらく」ようなことがあります。会社を設立したのも、たまたま「法人を設立して業務契約をしてみないか」と声を掛けてくださったから。パートタイマーのキャリア開発の機会を得られたのは、法人を設立したことにより、メインバンクの信用金庫の営業担当者が「お客さん同士(地域の企業と私の会社)が共により良い方向にいくように…」と、私の仕事や会社のお話を地域の企業の方にしてくださったから。
このように、かかわりの中で起きたことを受け入れてきただけなのです。受け入れるとどんなことが起こるのか、「この先に何があるのだろう?」と楽しみながら動いてきた結果のような気がします。
個人に対するキャリアカウンセリングでは、自分と相手の相互作用の中で新しいストーリーが見えてきて、相談者に驚くような変化が見られることがあります。相談者と私とのかかわりの中で何かが起こり、それをきっかけに相談者自身が変わるのです。人間って本当に複雑でよくわからない不思議な存在だと思います。研修や仕組みづくりも面白いですが、やはり個人に対するキャリアカウンセリングが最も好きなかかわり方です。
キャリアカウンセリングをやればやるほど、自分自身の課題もまた見えてきますが、「ちゃんと役に立つようにならなくては」「もっと学ばなければ」という意識も触発されます。
キャリアカウンセラーの役割は、個人に対する相談支援にとどまらず、地域や組織、家族など個人を取り巻く環境に対し、個人に対する支援だけでは解決できない環境の問題の発見や指摘、改善の提案等の働きかけのほか、キャリア形成やキャリア・コンサルティングに関する教育・普及活動もあります。NCDA(全米キャリア開発協会)の下部組織であるAPCDA(アジア太平洋キャリア開発協会)の年次大会(2014年、ハワイ)では事例発表(“Efficacy of Counseling to Adults on Child Career Education:A Pilot Case Study”)を経験しました。今秋は、「個人と組織」「キャリアとメンタル」「理論研究と実践」の3つの軸の潮目の学会である日本産業カウンセリング学会の年次大会でもラウンドテーブル・ディスカッション「環境へのはたらきかけ」への話題提供者のうちの一人として参加する予定です。
これらいろいろなことが混ぜこぜになって、“私らしさ”のようなものができているのではないでしょうか。自分自身でも捉えどころがないところもあり、日々変化し続けていると思いますが、自分が今できることを一つひとつやりながら、その先にどんなことが起こるのかを楽しみに活動しています。