「気持ちのボキャブラリー」が私たちを変える
[2014/09/30]
「言葉が世界を構成している」
「表現されることによって意味が与えられる」
これは、社会構成主義という理論から借用した言葉です。初めて聞くとすぐにはピンとこないかもしれませんが、非常に深い考え方のようです。要するに、「言葉はなくてはならない非常に大切なもので、言葉で表現しなければ意味すら失ってしまう」ということでしょうか?
そのあたりの学術的な解釈は難しいのでわかりませんが、私たちの日常生活を振り返ると、確かに言葉の持つ力は大きいような気がします。誰かの一言がグサッと胸に刺さり、何日も気にすることもあれば、誰かの一言で自分の考え方が前向きになるということもありますから。
【言葉と感情とコミュニケーション】——本記事はそうした視点でのお話をご紹介します。お話ししてくださったのは、キャリアカウンセラー養成講座の開発を担当した水野みちさんです。ぜひご参照ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社日本マンパワー
人材開発企画部 研究開発グループ
専門部長
水野 みち さん
現実はその人の主観で変わる
私たちが「現実」と捉えている世界は、他の人とまったく同じ「現実」なのでしょうか?
たとえば、目の前にペットボトル入りのお茶があるとします。ある人はそれを見て、「ペットボトルのお茶は味気ない」と思うかもしれません。でも、同じものを見て、「細長い円筒状のプラスチックらしき容器に、お茶の味がする水が入っている」と思う人もいるかもしれません。あるいは、「故郷のおばあちゃんが育てた茶葉が、形を変えて私の元にやってきた」と思う人もいるでしょう。ペットボトルのお茶が目の前にあるという「現実」は、一人ひとり違うのです。
社会構成主義という理論には、次のような考え方があります。
「私たちが客観的な現実だととらえているものはすべて人々の主観から生まれている。そして、言葉によって世界がつくられている」
先ほどの3人のとらえ方の違いは、その人がそれまで人と接したり話してきた経験の違いから生じたものと考えられます。ですから、誰の表現が正解であるかと問われれば、「いずれも正解」だと言えます。
それでは、この3人が対話したらどうなるでしょう。それぞれの主観と主観が影響を受け合って、単なるお茶と思っていた人も、「あの人のおばあちゃんが作ったのか」と、お茶の先に温かい祖母の想い出を感じるようになることもあります。このように、言葉で表現することによって、相互作用が起こり、新たな意味が生まれたり、「現実」が変化するのです。
言葉が持つ不思議な力
言葉というのは強い力を持っていて、私たち自身、言葉によって世の中を認識し、動かされていると言えます。「言葉によって世界がつくられている」という考えは、「私たちの心の中で起こっていることは、内的な世界に留まらず、言葉を通じて社会へ影響を及ぼす」とことを示唆しています。
いったいどういうことでしょうか。もう少し例を用いてご紹介したいと思います。たとえば、職場の会議で誰かが「この前のプロジェクトの問題点を掲げて下さい」と投げかけたとします。すると、マイナス面についての意見がたくさん出て、その後もマイナス面がクローズアップされ、あたかもプロジェクトが失敗だったように聞こえてくることがあるのではないかと思います。そこに気の利いた人がいると、「良かった点も掲げてみましょう」と切り出し、安心感が漂うなんていうこともあるでしょう。
このように、言葉だけで場の雰囲気が変わるとともに、上手に活用すれば、アイディアの展開が建設的な方向に向かっていくこともあります。「私たちってなかなかやるな」という語りが増えるとモチベーションも上がり、成果を生み出す行動が起こります。
カウンセリングの世界でも言葉の使い方に着目する支援方法があります。悩んでいる人の多くは、「ダメな私」「上手くいかなかった事」「周囲は私のことを悪く思っている」などマイナス面についての語りが多くなりがちです。そこで、カウンセラーは、「すでに上手くいっていること」「少しでも変化したこと」「自分の味方」など、問題の例外を語ってもらうような促しをしていきます。例外が語られる際、その語りを聞く証人としてカウンセラーがしっかりと受け止めると、相談者自身にとって、語った世界がより現実として定着します。
気持ちのボキャブラリーを増やしていく
このように考えていくと、私たちが日々、どのように自分の世界を語っているかに注目してみるのはとても大切です。もし、ついつい「辛い」とか「面白くない」というネガティブで単調な言葉ばかりを無意識に使っているとしたら、変化を起こせる時かもしれません。先ほどお伝えしたように、自分の内的世界は言葉を通して周囲の人々の現実も創り上げていきます。ポジティブな表現をしているとチャンスが舞い込む、というのはあながち間違ってはいないのです。今回は、お勧めの方法の一つとして、「感情のボキャブラリーを増やす」というやり方をご紹介します。人は実に様々なことを日々感じているのに、それが言葉になっていない、もしくは偏った言葉でしか表現されていないため、それが現実のように感じられ、内面の豊かさに気付けていないことがあります。
感情を表す言葉をみなさんはどれくらいお持ちでしょうか。たとえば、「力がみなぎる」「安心だ」「魅了される」「心惹かれる」「興味をそそられる」「とりこになる」「刺激される」「わくわく」「気持ちをかきたてられる」「元気いっぱい」「キラキラした」「どきどき」「おかげさま」「期待している」「励まされる」「愉快だ」「ウキウキ」「晴れ晴れ」「心動かされる」「感心する」「ほっとする」「満たされた」「すっきりした」などの言葉を聞いてどう感じられますか。不思議なことに、私たちは忙しくなると、心を忘れると書く「忙」の漢字に象徴される通り、ポジティブな感情表現を口にしなくなりがちです。でも、言葉にされると、心が温かくなり、そこに豊かな気持ちがあったことに気付かされます。
ここに掲げた感情は、NVC(Non-Violent Communication,非暴力コミュニケーション)と呼ばれるコミュニケーション方法についての資料のひとつ、『気持ち・感情の未完成リスト』(c2006 Inbal Kashtan and Miki Kashtan, BayNVC 訳:小笠原はるの、改訂:安納献)に掲載されているもののごく一部です。関心のある方はインターネットなどで調べてみてください。
普段、物事を表現するボキャブラリーは多く使われていますが、内的世界、いわゆる気持ちを表現するボキャブラリーはあまり使わないようです。個人差もありますが、文化的な要因も大きいのかもしれません。それでもまずは、自分の「気持ちのボキャブラリー」を増やしていく。そうすることで、自分自身を豊かに感じられ、より自分らしい現実観を抱くことが出来るようになると考えられます。また、気持ちを表現する言葉が増えると、他者に自分の味わっていることを共有しやすくなり、コミュニケーションにも望ましい影響が生まれてくると思います。
近い将来、みなさんの気持ちのボキャブラリーが増えて、自分の内面としっかりつながれるようになり、マイナス面ばかりに目を向けるのではなく、プラスの面にも目を向け、それが周囲の人々のモチベーションを上げていくことにもつながることを願っています。