ちょっと一息

ナラティブで人生を変える

会話は、過去の自分まで変えてくれる

[2014/01/30]

会話 語りやストーリーを意味する「ナラティブ」。
 自分のこれまでの人生をていねいに語り直せば、過去の自分が1本の糸でつながり、自分らしさを確認することができ、自分に自信が持てるようになる。そして、未来に向けてのエネルギーになる。だから、会話は非常に大切で、大きな可能性を秘めている。

 このような記事を先月ご紹介したところ、大きな反響をいただきました。今回はその続編です。
 今回のテーマは「会話は過去を変える」。過去の自分を語り直すことによって、過去の自分を作り直せるらしいのです。
 果たしてそれは本当なのでしょうか? 先月に引き続き、日本キャリア開発協会の大原良夫理事兼事務局長にお話をうかがいました。ぜひご参照ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 日本キャリア開発協会
 理事 兼 事務局長
 大原 良夫 さん


会話をするたびに自分らしさが変わる

過去——前回のお話では、語ることによって自分らしさを確認し、自信がつくということでした。ただ、過去の自分は変えられません。そこにナラティブの限界があるような気がしますが、いかがでしょうか?
大原:いえ、ナラティブの専門家は「ナラティブは過去を変える」と言っています。なかには「現実は会話が作る」という人もいるほどです。
 一般的な感覚では、「現実は現実として間違いなく存在する」と考えがちです。しかし、必ずしもそうとは言い切れないのです。
 たとえば、Aさんが仕事でミスをして、上司から怒られたとします。「ミスをしたのは現実、怒られたことも現実」だと思うでしょう。でも、そのことについて上司と話し合ったら、「ミスをしたとは思っていない。同じやり方をするといつかミスをするかもしれないから、軽く注意しただけ。言い方がちょっときつかった」と言うかもしれません。つまり、会話によってミスがミスでなくなり、怒られたことが軽い注意に変わるのです。
 もうひとつ例を挙げましょう。Bさんは自分のことを「口下手な自分が嫌い。損ばかりしている」と思っているとします。でも、Bさんの友だちは「口下手じゃなくて、口数が少ないだけ。けっして饒舌ではないけれど、だからこそ信用できる」と思っています。この2人が会話をしたら、Bさんは「えっ? そうか、私って口下手で損をしていると思っていたけれど、そうじゃないんだ」と、自分像が変わるかもしれません。
 「現実は会話が作る」というのは、このようなイメージです。同じ考え方で自分の人生を振り返ってみるとどうでしょうか。今まで「最悪だった」と思っていた過去が今思えば、貴重な経験だった」と思うようになるかもしれません。

——以前、「ナラティブとは出来事と出来事をつなぎ合わせる筋書きのようなもの」とおうかがいしましたが、会話によってその事実すら変わるのですね。
大原現象に対する意味づけが変わという方が、ニュアンスは近いかもしれません。たとえば、現象が2つあるとした場合、普通は1プラス1=2だと考えます。ところが、ナラティブの専門家は、「1プラス1は2ではない。プラスにはいろいろな意味があって、会話によって異なる」と言うのです。そのプラスこそが「その人らしさ」と言えるのです。
 この考え方によると、すでに起こった過去のことでも、会話をしてその意味づけを変えることによって現実像も変わるということになります。
多種多様
——会話によって意味づけが変わるということは、たとえば私が同じ現象について別の表現で語ると、そのたびに意味づけも変わるということでしょうか?
大原:その通りです。意味づけも変わりますし、自分らしさやアイデンティティも変わります。会話をすることによって「自分はこうだ!」という思いが変わりまから。ですから、会話によって過去の自分も変えられということです。
 また、相手によっても会話の内容が変わりまよね。たとえば、ある人が自分の過去の人生を私に語るとします。そうすると、「あの時、家族に対してこういう風に思った」という話も出るでしょう。ただ、それと同じ表現で家族に対して話せるでしょうか? おそらく、ほとんど話せないか、別の表現になるはずです。逆に、私には話さなかった内容を、家族には話すかもしれません。
 それでは、私に話した内容と家族に話した内容のどちらが本当の自分でしょうか? それは、両方とも本当の自分です。会話をするたびに自分らしさが変わっていく。だからナラティブは面白いのです。


自分の物語を変えるのは自分

——会話のたびに自分の過去を変えられるというのは、ちょっと衝撃ですね。
大原:たとえば、「あいつのせいで俺の人生がめちゃくちゃになってしまった。あいつが悪い」と考える人がいるとします。でも、「本当にそうなの?」とていねいに問いかけて、語ってみる。時には「あなたはその人から影響を受けたというけれど、その人はあなたからどういう影響を受けたのだろう?」「その時、その人はどういう気持ちだったのだろう?」と視点を変えた問いに答えてみる。そうすると、もしかすると今まで気づかなかったことに気づくかもしれません。あるいは、語っているうちに、思いもつかなかったことを口にするかもしれません。そして、語った内容が現実になのです。そうすると過去の現象に対する意味づけや価値観が変わってきます。
 そして過去に囚われていたことから解放されたり、自分に自信を持てようになったり、前向きに考えられたりして、未来に向けてのエネルギーがわいてくるのです。

——頭の中に描くだけではなく、会話をしないと自分らしさはわからないものなのでしょうか?
大原:「あなたの人生を説明してください」と言われたら、語りでしか表現のしようがなと思います。もちろん、語りの内容を文章にすることは可能ですが。ただ、履歴書の学歴・職歴欄に書くような現象の羅列では、人生を語ることはできません。会話でしか自己を確認できない」という学説もあります。

前向き——何だか自分も語りたくなりますね。
大原:「私の人生、どうだったのかなあ」と感じる人はぜひ語ってみるといいのではないでしょうか。特に、30歳以降の方にお勧します。若いころは学歴や職歴など外的キャリアを気にしがちですが、年をとってくると、今まで見えていなかった内面などが見えてきます。もしかすると「そんなもの見たくない」という人がいるかもしれませんが、一度、真摯に人生に向き合ってみると、人生が豊かになでしょう。きっと、新たなエネルギーがわいてくるはずです。

 自分の人生の物語を書くのは自分でしかありません。たとえ「今までの物語が失敗した」と思い込んでいても、それは語り直すことによって変えられます。過去の現象よりも、過去の現象をどう思うかということの方が重要なのです。
 こうした点に私は、会話の可能性、ナラティブの可能性を感じています。

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