ちょっと一息

キャリアカウンセラーの資格活用

就労相談におけるアプローチの変遷と新たな流れ

[2012/04/27]

CDA1
 「ナラティブ」という言葉をご存知でしょうか? 「ストーリー、物語」という意味です。
 そのナラティブが今、医療・看護、教育、福祉、マネジメントなど、さまざまな分野で注目されています。そして、キャリアカウンセリングの世界でも・・・
 CDA会員数は1万人を突破しましたが、キャリアカウンセリングはまだ発達途上にあります。就労相談現場においてもさまざまな問題があり、キャリアカウンセラーの将来のあるべき姿という点でも、さらなる専門性が探られています。

 そこで今号から複数回に分けて、4月18日に日本マンパワー東京会場で行われた特別セミナー『就労相談におけるキャリアカウンセラーの専門性〜ナラティブ・カウンセリングについて〜』の抄録をご紹介いたします。
 

●講演ファリシテーター
日本キャリア開発協会理事
大原 良夫 さん
(株)日本マンパワーにて「キャリアカウンセラー養成講座」の開発等に従事。日本キャリア開発協会理事。専門分野はキャリア開発、キャリアカウンセリングおよび性格心理学。


キャリアカウンセラーの専門性とは

 本日は、ナラティブ・アプローチをご紹介しながら、キャリアカウンセラーの専門性について、みなさんと一緒に考えたいと思います。
 みなさんの中には職業相談に関わる方が多いと思いますが、自分で「私は専門家だ」と言えるためには、何が必要だと思いますか?ひとつには「資格を持っていること」という答えがあるかもしれません。ただ資格をもっているからといって、世間が資格の価値を認めているかというとそうでもなくて、専門性よりも「人柄なのよ」とか、またキャリアカウンセラーは専門性云々ではなく「仕事を見つけて就職させる」という結果を出すことが重要だと主張する方もいます。
 このような専門性に関して様々な意見がある中で、キャリアカウンセラーの専門性についての答えは、現状がどのようになっているのか、そして今後のキャリアカウンセリングの方向性はどのようなものかを検証することで、見えてくるのではないかと思います。

 まず、就労相談の現場では、今どのようなことが問題になっているかみていきましょう。
 たとえば、「高齢者の方の希望に応えられるような求人がない」ということが挙げられます。あるいは、「求職者から求人等の内容が実際と違うと苦情を言われる」「求職者自身がどんな仕事をしたらいいのかわからない」「求職者が応募を希望した求人を紹介しても面接に行かない」「求職者に働く意思がみられない」「求職者が多数の求人を検索してくるが、それらを絞ることができない」など、様々な問題があります。
 このような問題がある中、来所された方は職業相談を受けて、どんなところにメリットを感じているかについて、話したいと思います。「ハローワーク所者の求職行動に関する調査」(伊藤実氏)によると、上位5位に次のような結果が出ています。
 (1)職務経歴書などをうまく書けるようになった
 (2)悩みや不安を話すことができ精神的に安定
 (3)自分の持っている職業能力を明確にできた
 (4)自分の持っている職業や職種を明確にできた
 (5)面接のやり方を理解し実践できるようになった

 この調査は、職業相談の結果、求職者が仕事に就けるようになるとも読めます。つまり、職務経歴書がうまく書けるようになったことによって、就職できたという考えです。そうであれば、職業相談は就労支援にはなくてはならない1つの機能だと言えないでしょうか?


アセスメントと情報を大切にする「マッチングアプローチ」

 さて次に、今後のキャリアカウンセリングの専門性を探るにあたって、これまでの職業相談のアプローチがどのように変遷してきたかをご説明いたします。みなさんのキャリアカウンセリング観によって支援のスタンスが変わりますから、アプローチごとの特性を知ることは非常に重要になります。

 多くの方がまず就労相談場面でまずイメージするのは、「マッチングアプローチ」かと思います。マッチングアプローチとは、人と職業をマッチングさせるという考え方です。その考え方の元では、職業相談現場で次のような会話が交わされることでしょう。
 クライエント 「何かいい仕事ありませんか?」
 カウンセラー「これまでどんなお仕事をしていたのですか?」
           「ああそうですか。あなたの職歴をみると、こういった仕事が合っていそうですね」
あるいは
 カウンセラー「どんな条件でお仕事を希望しますか?」
 職を求める人に合った仕事を探して紹介する。非常に合理的でわかりやすいアプローチだと思います。
 このマッチングアプローチをするキャリアカウンセラーCDA2の最大の武器のひとつは、アセスメントです。つまり、評価・見立てをすることです。アセスメントでは、クライエントの能力・興味・価値観などを正しく把握することが重要になってきます。場合によっては、職業適性検査などのテストを使ってアセスメントすることもあります。
 また、もうひとつの重要な要素は客観的情報です。マッチングアプローチを行う人は、客観的情報をとても大切にしています。職業情報や求人情報がそれにあたります。
 こうしたマッチングアプローチは、職業紹介の業界では確固たる位置を示しています。

 しかしある時期から、マッチングアプローチに疑問を投げかける考え方が現れました。「テストをして、テスト結果に合った求人情報を紹介することは、誰でもできることであって、専門性と言えるのだろうか」というわけです。もちろんテストを使用して相談者と話すのに「専門性が必要ではない」とは言いきれないと思いますが、いずれにしても、キャリアカウンセリングに人間性をベースにした深い専門性を求めようとする動きが起こったのでしょう。
 しかも最近は、求人情報自体が少なくなってきています。加えてハローワークに行かなくても、クライエントがインターネットで調べることもできます。こうしてマッチングアプローチの有意性がだんだん薄れてきています。


傾聴を大切にする「発達アプローチ」

 そこで生まれたのが、「発達的アプローチ」です。カウンセリング現場では、たとえば次のようなアプローチになります。

 クライエント「どんな仕事がいいか、教えて欲しいと思いましてね・・」
 カウンセラー「何だかとても気だるそうですね。何か事情があったんですか? すごく落ち込んでいるように感じられますけれど」

 マッチングアプローチであれば「では、あなたの能力・興味・適性を調べてみましょう」という方向で話を進めるでしょうが、発達アプローチでは、すぐにアセスメントや情報を提供せず、まずクライエントの態度に反応します。そしてクライエントの職業的自己概念の発達に注目します。職業的自己概念とは、「ある職業の一員としての自己概念」を指します。
 なぜ「発達」かというと、職業的自己概念は成長するからです。みなさんも、学生の頃に比べたら、ずいぶん職業的自己概念が変わってきたはずです。発達アプローチは、その職業的自己概念にアプローチしようとする考え方です。
 発達アプローチをするキャリアカウンセラーが大切にしていることは、傾聴です。クライエントが自分のことを考えるようにするために、傾聴を非常に大切にしています。それによって、クライエント自身が「自分が何にこだわっていて、将来どうなりたいのか」ということを気づくことができるからです。

 ただ一方で、現場のキャリアカウンセラーの中には「クライエントの話を聞いてばかりでは時間がかかる」「傾聴をしても、最終的に仕事に就いてもらわなくちゃ意味がない」という声があるのも事実です。そうした問題に対して、「どうしたらいいのか」と模索されている方もいます


第3のアプローチ「ナラティブ・アプローチ」

 こうした状況の中で、第3のアプローチとして注目され始めているのが、「ナラティブ・アプローチ」です。ナラティブとは、ストーリー=物語のことです。

 人の会話は、大きく2種類に分けられます。
 ひとつが事実を内容とする説明・理論的な会話です。たとえば、「地球は丸い」「今日は3時から会議がある」というような会話です。
 そしてもうひとつが、ナラティブです。「いやあ、不当な評価をされて上司に腹が立っているのですよ。」というような会話です。
 このナラティブがなぜ注目されているかというと、ナラティブにはその人自身が表す言葉が出てくるからです。そうすると、その人をより深く理解することが可能になります。たとえば、どんな経緯があったのか、彼の考え方、価値基準がみえてくるのです。そうした点に注目したナラティブ・アプローチとは、「語りを通じてキャリアの意味を構築する」というものです。クライエントの語りを聴きましょう、ということです。
 「語り」と「傾聴」のどこが違うかと言えば、少し乱暴に言うと「傾聴」はどちらかというとクライエントの気持ちや感情にアンテナが立ちます。一方の「語り」は、気持ちだけでなく、クライエントのナラティブ(ストーリー)にアンテナが立つのです。


ナラティブがもたらす変化

 ナラティブ・アプローチを導入することによって、人は考え方や現実の見方を変えます。CDA3

 たとえば、求職者の方がハローワークに行ったケースを想定してみましょう。
 よくクライエントは、「私は今までこんな仕事をやってきて、こういったことにこだわってきて、将来はこうなろうと思っているんだ」というような語りをします。そうするとキャリアカウンセラーは、「この人はいろいろとご苦労なさったようだけれども、どんな経緯があってそう思うようになったのかなあ」などと思うわけです。そこで、「そこの所の話をもう少し聞かせてください。もっとたくさん経験しているのではないですか?」と尋ねます。

 こうした会話をしていくと、クライエントは今まであまり意識していなかったキャリアストーリーを、相手にもうまく理解できるように語り直します。そして、クライエントのストーリーが豊かになっていきます。さらに、「話していて気付いたんだけれど、あの時のあの経験にはこんな意味があったんだなあ」と、自分の世界を見る見方が変わってくるのです。見方が変われば、「確かに今の状況は厳しいけれども、自分はこの状況で具体的にどのように働けるのだろうか」と、考えることにつながると思います。
 キャリアカウンセリングを通じて、クライエントの自己の意味を作っていく、社会に通用するようなストーリーを作っていく——それが、ナラティブ・キャリア・カウンセリングです。

 

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