遅くまでの残業は生産性を下げ、退職者を増やす
[2011/11/25]
ワーク・ライフ・バランスは非常に誤解されやすい言葉です。みなさんはこの言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
「家事・子育てと仕事との両立をはかる女性の働き方の問題?」
「仕事100%の日々ではなく、仕事50%+私生活50%などにすること?」
「福利厚生の一環として、余裕のある大手企業が取り組む施策?」
いいえ、どれも違います。
たとえばみなさんの家族が介護の必要な状況になったらどうでしょう?実際、働き盛りの世代が介護が原因で休業したり、退職したりする例は増えています。今やワーク・ライフ・バランスは女性だけの問題ではありません。
また、「私生活を優先するために、仕事の力を抜く」というものでもありません。仕事にも私生活にも100%の力を注ぎ、200%の達成度と充実度をめざすものです。
さらに、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みは、企業の福利厚生の問題ではなく、経営戦略に大きく関わる仕組みづくりだと言えます。ビジネスパーソンの生産性を高め、企業の付加価値を高めることにつながるからです。
こうしたワーク・ライフ・バランスの意義や効果について、日本マンパワーの小出真由美さんにお話をうかがいました。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社日本マンパワー
キャリアクリエイト部
小出 真由美 さん
仕事100%+私生活100%
仕事が忙しくて毎日残業、自宅ではお風呂に入って寝るだけ。友達に会う時間もなければ、テレビニュースを見る時間もない。いつも寝不足ぎみで、疲れがとれない。
そんな状態では元気が出ませんし、いい仕事もできそうにありませんよね。この「負の残業スパイラル」から抜け出して、頭をリフレッシュ、私生活でインプットした情報をアイデアに変えて会社へアウトプット、仕事も私生活も今まで以上に充実させようとするのがワーク・ライフ・バランスです。
ワーク・ライフ・バランスというと、「私生活を大事にして、仕事に注いでいた力を抜く」というイメージを抱く人がいますが、けっしてそうではありません。確かに、就業時間を減らす一面はありますが、仕事量は減らしません。それどころか、今まで以上に生産性を高めようするものです。
仕事100%+私生活100%=200%の達成度と充実度
を目指すのがワーク・ライフ・バランスなのです。
誰にも関わる「負の残業スパイラル」
ワーク・ライフ・バランスの意義を知っていただくため、もう少しいくつかの「負の残業スパイラル」をご紹介します。
1997年以降、日本の「共働き世帯」は「片働き(専業主婦)世帯」よりも多くなりました。共働き世帯で夫の残業時間が長いと、妻は仕事と育児の両立が難しくなり、退職するケースが少なくありません。しかし、2人分だった収入が1人分減りますから、家庭の経済的状況は悪くなります。しかも、妻にとっては「私だけが仕事を辞めなければならなかった」という不満が残り、夫婦間に溝を作ってしまう原因にもなります。
一方で、企業にとっても女性は大切な戦力です。余裕のない人員戦略で事業を進めている中、第一線で活躍する従業員が家庭の事情で辞めてしまったら、新たな人材確保・育成にコストをかけなければならず、企業にとっても大きな損失となります。
「負の残業スパイラル」は男性にとっても大きく関わってきます。
たとえば介護の問題。2007年から団塊の世代が一斉に退職を迎えたことに象徴されるように、日本社会は年々高齢化しています。ですから、現在バリバリと仕事をこなしているみなさんにも、いずれ親の介護が現実化してくるでしょう。しかも、「親の面倒は妻に任せておけばいい」という時代ではなくなりました。「私の親は私が看るから、あなたの親はあなたが看てよ」と言われるかもしれません。すでに介護休業を取っている男性も珍しくありません。
また、自分自身が病気になるかもしれませんし、家族の事情などで短時間労働を余儀なくされるかもしれません。
“明日は我が身”です。いざという時になって慌てたり、退職に追い込まれたりしないように、誰もが段取りよく短時間で働く術を身につけておくことが大切だと思います。
個人の生産性を高め、企業の付加価値を高める
さて、とはいうものの、ワーク・ライフ・バランスの取り組みによる効果は、実は別のところにもあります。その期待できる効果について、個人、企業、社会という3つの視点からご説明いたします。
個人からの視点で期待できる主な効果は、次の3点です。
(1)自分らしく働ける
仕事の段取り力を高めることで就業時間を減らし、私生活の時間を増やすわけですから、好きなことを諦めずに活き活きと仕事に打ち込むことが可能になります。
(2)新しい視点を養える
商品やサービスが充足している現在、ビジネスパーソンには新しいアイデアの提案が求められています。でも、仕事ばかりしていては、斬新なアイデアや創造力は生まれてきません。消費者・生活者の視点でさまざまな体験をしたり自己研鑽したり人脈を広げたりすることが、自分の業務スキルを高めることにつながります。
(3)家庭がうまくいく
「寝るためだけに帰る家」ではなく、ワーク・ライフ・バランスによって私生活の時間を確保し、夫婦がお互いに家庭を大切にすれば、家庭環境はよりよくなるに違いありません。
また、企業からの視点で期待できる主な効果は次の3つです。「こんな不況だからコストのかかる取り組みはできない」と誤解している人もいますが、ワーク・ライフ・バランスの最大のメリットは企業の付加価値を高めることにあります。
(1)メンタルヘルス対策
長時間労働による健康障害のリスクは厚生労働省も指摘しているところで、すでに「過重労働による健康障害防止対策」について通達がなされています。また、長時間労働は社員のメンタルの不調を招く大きな原因となります。ですから、ワーク・ライフ・バランスへの取り組みは、メンタルヘルス対策に直結すると言えます。
(2)コスト削減
ワーク・ライフ・バランス対策の導入に際しては、国や自治体・財団などからの支援制度や奨励金があるため、実はあまりコストがかかりません。むしろ、残業時間が減りますので、今まで支払っていた人件費、光熱費、健康保険費などを削減することができます。
(3)従業員の生産性を高める
OECD33カ国の中で、日本の労働生産性(従業員1人あたりの名目付加価値)は22位です(2009年)。ギリシャやアイスランドよりも下位。つまり、「労働時間は長いものの、従業員1人あたりの付加価値が低い」ということです。企業の付加価値を高めるためには、魅力ある商品・サービスを提供する必要があります。そして、魅力ある商品・サービスを提供するためには、従業員が消費者ニーズをつかんだり自己啓発をしたりして、斬新なアイデアを社内提案する必要があります。それを実現するひとつの方策が、ワーク・ライフ・バランスなのです。
さらに、社会的な視点からも、ワーク・ライフ・バランスは好影響を与えます。たとえば、結婚・出産・長時間労働などを理由とする退職率を引き下げますので、労働力を高めることができます。労働力を高められれば経済的効果も期待できます。国民が家庭で過ごす時間が増え、共働きを続けられれば、2人目・3人目の子を出産する夫婦が増え、少子高齢化問題の解決の一助にもなるでしょう。
ワーク・ライフ・バランスを実践するために
こうしたワーク・ライフ・バランスの考え方は、株式会社ワーク・ライフバランスの代表取締役社長・小室淑恵さんによって提唱されました。そして、その株式会社ワーク・ライフバランスと共同開発した通信教育が、2012年4月から開講する新講座『ワーク・ライフ・バランス実践術』です。
新講座は今回ご紹介した内容よりも実践的で、チーム単位・組織単位で推進できる内容となる予定です。詳しくは後日、改めてご紹介させていただきます。