ちょっと一息

経験代謝を一から学び直す

「今さら聞けない経験代謝」の学習イベントをレポート

[2019/10/31]

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 みなさんは「経験代謝」という言葉を聞いたことがありますか?
 経験代謝とは、日本キャリア開発協会(JCDA)が2009年に提唱した考え方で、「自己概念の成長を生み出す学びの構造」のことを言います。キャリアカウンセリング(CDA:キャリア・デベロップメント・アドバイザー)で非常に大切にされている考え方です。
 でも、そう説明されても、よくわかりませんよね。
 そうなんです。実は、キャリアコンサルタントやキャリアカウンセラーにとっても、奥の深い難しい考え方なのです。経験代謝が提唱される以前に資格を取得した人はなおさらです。

 そこで、JCDAの会員から構成される支部・地区のひとつ、西関東支部西東京地区が2019年9月7日、CDAを対象に経験代謝の勉強会を主催しました。その名も「経験代謝を一から学び直そうの会 〜今さら聞けない経験代謝〜」。なんと150人近くの参加者があったことからも、関心の高さがうかがえるのではないでしょうか。
 本記事ではその様子をレポートいたします。ぜひご参照ください。


「学びの機会をつくりたい」と企画

 イベントのプログラムは12:30から16:55まで。12:10頃から参加者が続々と会場入りし、あっという間に約150人(スタッフを含む)が集まりました。これほどの人数が集まったのは、経験代謝を学びた思っているCDAが多いからでしょう。参加応募時の事前アンケートでは、経験代謝について正直よくわからない」「改めてきちんと学びたい」「なんとなくしか理解できていないので学び直したい」などの声が多く寄せられていました。
 主催者である西東京地区の宇佐美優里地区長ご自身も、経験代謝について養成講座時にきちんと学んだことがないとのこと。そのため、自分と同じ想いをしているCDAのために何か学びの機会をつくりたい」と考えて、このイベントを企画したそうです。


第1部:基調講演【あらためて「経験代謝」を考える】

●登壇者
 株式会社日本マンパワー 取締役 田中 稔哉 さん


 第1部の基調講演を務めたのは、日本マンパワーの取締役でキャリアコンサルタント養成講座」責任者の田中稔哉さん。経験代謝はなぜ生まれたか」の裏話から始まり、経験」とは何か、なぜ経験代謝が大切なのか、経験代謝の対象は誰か、ありたい自分」とは何か、自己概念とは何か、どのようなプロセスでクライエント(相談者)の自己概念が成長するのか、気持ちのゆらは何を意味しているのかなど、約1時間にわたって盛りだくさんのお話がなされました。
 そのお話の中から、いくつかのポイントをご紹介します。

●日本マンパワーでキャリアカウンセリング事業を始める際、チーム内で「キャリアカウンセリングは、クライエントの話を聴いてマッチングするだけでいいのか」「キャリアカウンセリングはセラピーとどう違うのか」「クライエントの未熟・不安・認知の歪みを解決することがキャリアカウンセラーの役割なのか」などの議論がありました。そうした議論を経て、キャリアカウンセリングおよび経験代謝の対象は、必ずしも悩みや不安などを抱いている人に限らず、よりよく生きたい人」だと考えるに至りました。
●「経験」とは過去のことではなく、その人が今ここで語る、ご本人の記憶の中で構成された「経験」を指します。ですから、必ずしも事実とは限りません。また、「経験」は出来事だけを意味するのではなく、それに付随する気持感情も含まれています。
●その人が語る気持ちや感情、考えには、「その人らしさ」が表れます。ただ、経験には「見たくない自分」もあるため、容易に「その人らしさ」にアクセスすることはできません。そのためキャリアカウンセラーは、クライエントがこの人には話しても大丈夫だ」と信頼できる関係性をつくることが、非常に大事です。
●クライエントの気持ちや感情、考えを聴くことができたら、キャリアカウンセラーはその次に、大事にしている何が損なわれたかと感じているか」「大事にしている何が満たされたと感じているか」をていねいに問いかけます。その「クライエントが良しとしている大事なもの」を自己概念と呼んでいます。
自己概念の成長とは、「他人事の世界」に置いている出来事や経験を「自分を含む世界」あるいは「当事者意識を持てる世界」に取り込んでいくというイメージで説明することができます。

 いかがでしょうか? 気になるお話はありましたか?
 上記はあくまで概要ですので、前後の文脈がないと理解できないかもしれません。できればこれをきっかけに学びを深めていただければ幸いです。


第2部:ワーク&ケース検討【「経験代謝」の理解を深める】

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●登壇者
 PFA/CDAインストラクター 堀上 晶子 さん


 第2部は、「キャリアコンサルタント養成講座」やJCDAの講習・研修のインストラクターを務める堀上晶子さんが講師役です。田中さんの基調講演を受け、参加者自身がワークケース検討を通して経験代謝の理解を深めることを狙いとしています。
 最初はイントロダクションとして、2枚のスライド写真が示されました。いずれもオリンピックの写真で、1枚は選手が整然と並んだ入場行進を遠くから撮影した風景、もう1枚は選手が自由に歩く様子を表情がわかるほどの近くから撮影した風景です。そして、会場の参加者に向けて2枚のうちどちらが好きか」という問いかけがありました。参加者は近くの人と、自分が選んだ写真とその理由を話し合いました。
 そうすると、たった2枚の写真なのに、参加者によって理由が異なります。なぜなら、自分を取り巻く世界をどう捉えているかが人によって異なるからだそうです。これを仕事に置き換えると、職場には個々に特有の想いを抱いている人が集まっていることになります。また、同じ出来事であっても、その人の捉え方によって「経験」も異なってくということが言えます。

 続いて、参加者がペアになって「経験を語る」「経験を聴く」というワークをしました。話し手は、最近気になっていることや心が動いたことを話します。一方の聴き手は、この人はどんな経験をしているのだろうか」「どんな出来事があって、どんな気持ちや考えを持っているのだろうか」「そこにはその人のどんな自己概念があるのだろうか」という姿勢で聴きます。その後、2人で「どのような自己概念が見えたか」を共有します。
 実際にワークを行ってみると、話し手役の時は、自覚していなかった自己概念をペアになった人から気づかされ、新鮮で温かい気持ちになりました。また聴き手役の時は、相手のお話の中にその人らしい表現が何度も出てくることに気づきました。それをていねいに聴いていくことで、その人の自己概念が見えてくるとのことです。
 この日は数分の体験でしたので深く掘り下げることはできませんでしたが、経験代謝の有用性を改めて感じました。堀上さんによると、「クライエントは話をしながら経験を再構成することもあるかもしれない」とのことです。

 ケース検討では、キャリアカウンセリング現場の会話を音声で聴きました。「会社をやめようかなぁ」と思っているクライエントに対して、キャリアカウンセラーが対応しているものです。経験代謝を意識していなせいか、とても抽象的なやりとりで、キャリアカウンセラーとしてあまり望ましいとは思えませんでした。
 次に、同じクライエントに対して、経験代謝を意識したキャリアカウンセリングの音声および逐語録(音声を文字化したもの)を検討しました。こちらは、クライエントの想いや考えを具体的かつていねいに聴いていて、クライエントの自己理解が深まっているように感じられました。同じクライエントのキャリアカウンセリングでも、キャリアカウンセラーの意識・姿勢によってまったく異なる展開になるのです。それを実感できました。
 また、それについてグループで話し合ったことで、自分と異なる考えも聴くことができ、非常に参考になりました。ほかのCDAと話すことで、経験代謝のかかわりを言語化できたことも、より理解を深めてくれたような気がします。
 なお、後で聞いた話では、このキャリアカウンセリング現場の会話は、「キャリアコンサルタント養成講座」のインストラクターの先生方がこの日のために考えてくれたそうです。CDAの人と人とのつながりの温かさを垣間見ることができました。

                   3部:パネルディスカッション

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●登壇者
 日本キャリア開発協会 事務局長 佐々木 好 さん
 CDA 松永 美佐寿 さん(大学で実践)
 CDA 大島 雅浩 さん(企業で実践)
 CDA 落合 真 さん(公的機関で実践)


 パネルディスカッションでは、それぞれの現場で経験代謝を意識したかかわりを実践しているCDA3人の取り組をご紹介いただきました。
 最初にお話ししてくださったのは松永美佐寿さん。大学で学生支援に取り組んでいるとのことです。学生の自己概念の成長を促す過程で見られる、それぞれの苦悩や成長を具体的にご紹介いただきました。
 大島雅浩さんは、企業の外部キャリアカウンセラーとして活躍されています。「本当にこの会社でよかったのか」「転職した方がいいのではないか」などと相談される人には、「そのもやもや感を大事にしてください」とお話ししているそうです。クライエントが経験を語ることで自分を客観視することができ、内省してもらうことにつながる」というお話が印象的でした。
 公的機関の現場で活躍されている落合真さんは、経験代謝を使っている事例をお話ししてくれました。公的機関にはさまざまな人が仕事を探しに来るそうで、90代の人もいらっしゃるそうです。求職の目的は人によって違うので、「どうして仕事をしたいのですか」などと問いかけ、経験を語ってもらう中で、その人と一緒に探しましょうというスタンスで対応されているとのことです。
 お三方とも実践の場にいらっしゃるので、参加者の関心が高かったようです。会場からいくつもの質疑が行われました。

 最後に、JCDA事務局長の佐々木好さんから、経験代謝との付き合い方について次のようなお話がありました。
 「みなさんへの事前アンケートを見ると、『経験代謝の活用の仕方がわからない』『JCDAから押しつけられているように感じる』と捉えている方もいらっしゃるようです。それはとても自然なことだと思います。おそらく、経験代謝の考え方・捉え方がスムーズに入ってくることはないだろうと思います。ですから、ご自身の経験と照らし合わせてみて、『ああ、そうだなあ』としっくりくる部分だけ取り入れていただければいいと思います。逆に、『この考え方は違う』と思う部分は、みなさんがこれまで大事にして獲得してきたものと照らし合わせてみての違和感だと思います。それは大事にしてください。私たちJCDAは、みなさんの人生や現場に役に立てていただければと考えて、ひとつのサンプル・素材として経験代謝をお示ししていますので、みなさんご自身でそしゃしてお使いいただければ思います」


あとがき

 イベント修了後は、参加者それぞれが知人とあいさつをしたり雑談をしたり。久しぶりに会った仲間とおしゃべりをするのもイベントに参加する楽しみのひとつかもしれません。
 会場の後片付けが済んでから、企画をした宇佐美さんに改めてイベント立ち上げの様子をうかがいました。
 「企画を思いついたのは2ヵ月前です。こんなことできないかな?』と西東京地区の幹事に相談すると、大きな賛同を得られ、『それなら○○先生にお願いするといいよ』などと敏感に反応してくれました。そして、インストラクターの先生方に協力を頂け、打ち合わせなどを経て今日を迎えました。当日はご登壇いただけなかったインストラクターの方々にも、ケース作成や音声録音などにご協力いただいたと聞いています。地区の活動はこうしたみなさんのおかげで成り立っています。深く感謝しております」
 ボランティアで活動している西東京地区スタッフの想いに応えるように、参加後のアンケートでは90%以上の参加者が「大変満足」「満足」との回答をいただく結果となりました。

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