ちょっと一息

キャリアカウンセラーの資格活用

ナラティブ・キャリアカウンセリングの有用性と手法

[2012/05/31]


 「ナラティブ」とは、ストーリー=物語のこと。ナラティブにはその人自身を表す言葉が現れてきます。
 その特性をキャリアカウンセリングに採り入れたアプローチが、「ナラティブ・キャリアカウンセリング」です。ナラティブ・キャリアカウンセリングを通して、クライエントは自分のストーリーを豊かにし、自己の意味をつくり、ナラティブ1考え方や現実の見方を変えていきます。

 それでは、このナラティブの有用性はどのように整理されるのでしょうか。また、実際の職業相談現場でどのようなやりとりをすればいいのでしょうか。

 今回はこうした点にスポットを当てて、前回に引き続き、特別セミナー『就労相談におけるキャリアカウンセラーの専門性〜ナラティブ・キャリアカウンセリングについて〜』(4月18日開催)の内容を一部ご紹介いたします。


●講演ファシリテーター
日本キャリア開発協会理事
大原 良夫 さん
(株)日本マンパワーにて「キャリアカウンセラー養成講座」の開発等に従事。日本キャリア開発協会理事。専門分野はキャリア開発、キャリアカウンセリングおよび性格心理学。


ナラティブ・キャリアカウンセリングの有用性

 ナラティブ・キャリアカウンセリングとは、「語ることでクライエントのキャリアの意味を作っていくもの」、あるいは「社会に通用するようなストーリーを、クライエントと一緒に作っていくもの」です。

 たとえば就労相談の場面で、求職者が「私はこういう人間で、こんな経歴があり、こんなことが得意なんだ」とキャリアカウンセラーに話したとしましょう。次にキャリアカウンセラーから「あなたの話を聞いて、あなたの強みは××もあると思うのですが、いかがでしょうか?」とフィードバックされると、求職者は自分のイメージを修正していくかもしれません。また、求職者が考えていた求職事情についての思い込みなども、相談を通じて修正されていくかもしれません。求職者はこのようなやり取りを通じて社会に通用する、求人者にも理解できるストーリーを作っていくことになります。


 ナラティブ・キャリアカウンセリングでは、キャリアカウンセラーは「その人を変えよう」などと思ってはいけません。「その人のナラティブを変えてもらおう」という意識を持ちます。「もっと豊かに語ってもらおう」と思うことが大切です。そして、求職者の一つひとつの語りにどのようなつながりがあるのかを、本人にていねいに考えてもらいます。

 それによって、「求職者との会話を通して、求職者の考え方やものの見方が、より社会的に機能するようになる」という有用性が生まれます。


有用性を生むプロセス

ナラティブ2 もう少し整理すると、ナラティブの有用性は「アイデンティティの明確化」「なすべき行動の明確化」の2段階に分類できます。
 「アイデンティティの明確化」とは、「自分が何者か?」「どんな人間なのか?」「どこに行こうとしているのか?」「何に価値を置いているのか?」などを明らかにすることです。
 みなさんは、アイデンティティとはどこにあると思われますか? 「自分の心の中にある」と思っていませんか? でもナラティブの考え方では「アイデンティティは2人の会話の中にしかない」と考えています。「他者と語ることによってしか自己は存在しない」と考えます。
 そのために、ナラティブ・キャリアカウンセリングでは、過去・現在・未来というストーリーを語ってもらうのです。それによって「自分のこだわり」に気づいてもらいます。キャリアカウンセラーがクライエントのストーリーをていねいに聴いていくと、クライエントのアイデンティティが明確になってきます。

 そして、自分のアイデンティティが明確になって「私はこういうことにこだわっている人間なんだ」ということがわかると、次に「じゃあ、何をやればいいんだろう」というステップにつながります。つまり、自分の意思がわかることによって、なすべき行動がわかってくるのです。たとえば、「志望企業へ行く時にどのような経歴を話せばいいか」という対策が生まれるわけです。
 アイデンティティがわからなければ、こうした対策が立てられないのではないでしょうか。

 こうした点で、ナラティブ・カウンセリングは非常に有用なアプローチだと思われます。
 実際、公共職業安定所の就職相談窓口を対象とした(独)労働政策研究・研修機構の調査(2009年)では、「求職者の話から、過去、現在、未来とつながるストーリーを描いてみる」というプロセスが非常に有用だったと報告されています。


ナラティブを実感するエクササイズ

 それでは、ナラティブを感じるために、簡単なエクササイズをやってみましょう。2人1組になって、ある1日の朝起きてから夜寝るまでの流れを、相手にお話しください。そして、聞く立場の人は、できるだけ細かく質問してください
 たとえばこういう感じです。
 「朝起きて、7時に家を出ました」
 「え? どんな感じで起きるんですか? 目覚まし時計で起きるんですか?」
 「目覚まし時計は鳴らしますが・・」
 「目覚まし時計が鳴った時、どんな気持ちですか?」
 「それは・・あまり会社に行きたくないなあ、とか」
 「そうですか。それで起きたらどうするんですか?」
 「ご飯を食べます」
 「ご飯を食べる時、何をしていますか? テレビを観ますか?」
 「そうですね、だいたいNHKを観ています」
 「どうしてNHKを観るんですか?」
 「そりゃあ社会人の常識ですから・・」
 「どうして常識だと思うんですか?」

 という具合に、どんどん質問してほしいのです。
 この質問にどのような意図があるかというと、事実の裏側にある考えやこだわりを見つけるためです。アンテナを高くして聴くと、相手のこだわりや意味が見えてくるはずです。どうぞ、始めてください。

<みなさん、和気あいあいとエクササイズ>


質問し、話してもらうことで、意味づけをする

ナラティブ3 いかがでしょうか? 相手のことを理解するためには質問することが必要だと実感できたのではないでしょうか。
 みなさんの中には、「相手を理解するためには傾聴しなきゃいけない」と思っている人がいるかもしれません。もちろん、傾聴はとても大事です。ただ、ナラティブ・キャリアカウンセリングでは、それ以上に質問することを重視しています。そうすることで、相手が日ごろ考えていることやこだわりが見えてくるからです。
 じゃあ今度は、2人の立場を逆にしてエクササイズをしてください。

<さらに活発なエクササイズが行われました>

 はい、ありがとうございました。
 お話をしながら、「この人はこんなことにこだわっているのか」と、少し見えてきたかと思います。話している立場の方も、「普段何気なくやっていることだけれど、自分はここにこだわっているんだなあ」と感じられたかもしれません。
 このように、経験を話すことによって意味を見い出していくことこそ、ナラティブの効果だと言えます。出来事だけではナラティブになりません。出来事と出来事の間に意味づけがあることでナラティブになるのです。

 

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