自分の本当のニーズを伝えられていますか?
[2014/10/29]
「どうしてあの人は何度言ってもわかってくれないんだろう」
そんな、イライラするようなもどかしさや腹立たしさを感じることはありませんか?
たとえば、「大事な顧客への提案なのに、部下が手抜きの資料しか上げてこない」「きちんと校正してくれと言っているのに、あいつはいつも間違いが多い」「夫が全然態度を直そうとしてくれない」等々。
そうした時は、自分のニーズが相手に伝わっていないのかもしれません。いや、「伝えられていない」と言うべきかもしれません。もしかすると、自分自身すら自分の本当のニーズを把握できていなくて、ズレの生じたニーズを相手に要求し、その結果、不満の残る状態しか導き出せていない、という可能性もあります。
ニーズと解決策のズレ——今回はそうしたテーマについて、前回に引き続き、日本マンパワーの水野みちさんにお話をうかがいました。みなさんの日常にも密接に関係するかと思いますので、ぜひご参照ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社日本マンパワー
人材開発企画部研究開発グループ
専門部長
水野 みち さん
よくある夫婦げんかの原因
たとえば、ある夫婦がけんかになったとします。けんかの原因は夫の帰宅がいつも遅いことのようです。妻がすごい剣幕で夫に怒鳴っています。
「どうして毎日、そんなに遅いのよ! 私だって仕事をしているのに、夕飯の支度や子どもの世話も、ひとりでしなくちゃいけないじゃない。だいたい、あなたがいつ帰ってくるかわからないから、夕飯の支度のタイミングもわからないわ。いい加減にして!」
怒鳴られた夫も言い返します。
「うるさいな。俺だって好きで遅いわけじゃないんだよ!」
夫は仕事が膨大な量で多忙な上、上司に怒られることも多く、毎日くたくたに疲れて帰って来ています。その状態で妻からも責められ、怒鳴り返したい気持ちを抑えるのに精一杯でした。
そして夫は、とりあえず次のような解決策を提案しました。
「そんなに夕飯の支度が面倒なら、俺は毎日外食してから帰って来るよ。子どもの世話も休日は俺が全部みる。それでいいだろ!」
妻はなんとなく納得がいかないものの、けんかしている勢いもあって、「わかったわ。じゃあ、明日からそうして!」と提案に乗ります。
その後、夫は外食してから帰宅するようになり、休日の子どもの世話もするようになりました。それで妻の怒りも収まったかというと・・実際にはさらに夫への怒りが募っていきました。また、以前と同じようなけんかが起こりそうな雰囲気です。
感情の奥に隠された、真のニーズ
この夫婦げんかの例と似たようなやりとりを耳にしたり、実際に経験したりした方もいるのではないでしょうか。釈然としない気持ちを残したままとりあえず対立を収めて明日を迎える。でも、何度も同じようなやりとりを繰り返してしまう。ではなぜ、こうしたけんかが繰り返されるのでしょう?ここで参考になる考え方は「真のニーズは何か?」という視点です。
じつは、妻が本当に求めていたのは、夕飯の支度や子どもの世話に関する家事の軽減ではなく、夫と語り合い、深いつながりを感じられる時間でした。夫の帰りが遅いとその時間がとれなくて、寂しいという気持ちがありました。でも、その気持ちに自分でも気づいていませんでした。だから、それを夫に伝えることもなく、平然と遅く帰ってくる夫を見て、怒りの感情に変わってしまったのです。このように、私たちは自分の感情やニーズをひもとくことなく、相手の行動を攻撃してしまうことがよくあります。
攻撃を受けると、夫も負の感情で反応しますので、妻の気持ちを考えることなく、役割分担の提案をしました。「話す時間が少なくて寂しい、一緒に過ごして気持ちを分かち合いたい」という妻の真のニーズに対して、「外食してから帰る」という提案は、真のニーズに対する解決策にならないばかりか、一緒に過ごす時間がさらになくなる結果となります。妻はニーズが満たされることがないので、再び喧嘩が起こる可能性があります。
妻が、一瞬冷静になり、自分が夫に怒りを感じる理由を見つめなおし、「この苛立ちの奥底には、寂しさがあり、夫ともっと話がしたいというニーズがあるんだ」という真のニーズに気づけたら、怒鳴るのではなく別の言い方になったのではないでしょうか。例えば、「あなたが遅いと寂しいし、もっと一緒にいたいから、もうちょっと早く帰れない?」という攻撃性のない言葉になれば、夫の返事も違ったものになったでしょう。自分にはどのような感情が働いていて、その背景にはどのようなニーズがあり、どのようなニーズが満たされていないのか、ということにきちんと目を向け、素直に相手に伝えられると、関係改善につながります。
職場にもある、ニーズと解決策のズレ
この例を、仕事に置き換えてみることもできます。たとえば、上司と部下の関係で、同じようなケースがあるかもしれません。
「大事な仕事だからきっちりやってくれよ」「ちゃんと見直せよ」という上司の発言があります。これは相手の行動への指摘です。部下は「うるさいな、いつもやっているよ」と思い、上司から疑われているような感覚が拭えないことからモチベーションが上がらず、小さなミスをする。その小さなミスに対して上司が叱り、部下は上司に距離を置くようになる。すると上司は部下の適性を疑い、仕事の役割を変えようとする。
・・ということもあるかもしれません。
上司も部下も、こんな関係になることは本意ではないでしょう。
では、最初の段階で上司が次のように部下に伝えていたらどうでしょうか?
「この仕事のお客様は昔、わが社が不景気の時に自分を信じて大量発注してくれた大事なお客様なんだ。私自身、この仕事はぜひ成功させたいと思っている。だから、企画書の一文一文にも想いを込めて、わが社の力の入れ方を示したいと思っている。先方の担当者はその想いを感じてくれる人だから、そこまで気を遣ってほしい」
部下にとってみれば、上司から行動改善を指導されるだけのかかわりよりも、このようにニーズをきちんと伝えてもらう方が、「そんな大事な仕事を上司は自分に頼んでくれる。上司の想いに応えよう」と、モチベーションが上がるのではないでしょうか。
私たちが「相手に非がある」「相手を変えよう」などと他者に矛先が向いている時こそ、じつは自分のニーズを今一度見直した方がいいタイミングのような気がします。自分の真のニーズや素直な気持ちを相手に伝えることで、相手も感情・考え・行動が変わっていく。そのような望ましい連鎖の発信源は、やはり自分なのだろうと思います。