日本マンパワーが日本での研修を担当
[2020/03/02]
みなさんは、ヨルダンという国をどのくらい知っていますか?
ニュースなどで耳にすることがあるかと思いますが、あまり馴染みがないかもしれませんね。
ヨルダンは、イスラエル、シリア、イラク、サウジアラビアなどと隣接する中東地域に位置します。意外にも産油国ではなく、外貨を得られる産業は観光が中心となります。一方で、国内の治安状態は良く、周辺国からの難民を多く受け入れています。日本とも友好関係にあり、ODA(政府開発援助)プロジェクトも行われています。
そして・・・ヨルダンにもキャリアカウンセラーがいます! 若年層の失業率が高いため、キャリアカウンセラーに期待がかかっているのです。ただ、まだ黎明期と言わざるを得ません。
そうした事情を受けて、JICA(国際協力機構)が2017年から、現地のキャリアカウンセリング能力を向上させるためのプロジェクトに取り組んでいます。実はそのプロジェクトに、日本マンパワーも関わっているのです。
ヨルダンのキャリアカウンセラー育成のため、研修のプランニングやアテンド、講師を行った田中稔哉さんにお話をうかがいました。異文化の人たちがどのような課題感を抱き、キャリアカウンセリングをどのように受け止め、研修で何を学んだのか。ぜひご一読ください。
●今回お話を聞いたのは・・・
株式会社日本マンパワー
取締役
キャリアコンサルティング事業推進部長
田中 稔哉 さん
若年層の失業率が高いヨルダンでは
2017年から2020年にかけて、ヨルダンのキャリアカウンセリング能力向上に向けたJICAのプロジェクトが行われています。まずはその背景からご説明します。
ヨルダンは中東地域の国ですが産油はほとんどなく、国家予算の多くを海外からの援助・協力で占めています。紛争の絶えない中東地域において治安が安定しているため、日本にとっても大切な友好国で、ODAの形でさまざまな援助・協力をしています。ただ、観光産業は比較的発達していますが、国土の約8割が砂漠や荒地で、天然資源にも恵まれていません。その他の経済的な課題も多く残ります。また、学歴によって職業が決まりやすい、家系による縁故就職が根強く残っている、周辺国から多くの難民を受け入れているという社会的な事情があります。
そうしたことが相まって、若年層の失業率が非常に高く、20〜24歳の失業率は37.6%です(2018年ヨルダン政府統計局発表)。特に大学卒業者の失業率の高さは深刻で、求人案件があっても「大学を卒業しているのだから、そんな職業には就きたくない」という人も少なくないそうです。
そこで期待されているのが、キャリアカウンセリングなのです。失業率低下に向けて職業マッチングを促進することが主な目的です。ただ、ヨルダンにもキャリアカウンセラーはいるものの、人材も認知度も制度も十分でなく、まだ黎明期の状態と言えるでしょう。
こうした事情を受けて、JICAが2017年4月から2020年4月までの期間、「若年層へのキャリアカウンセリング能力向上プロジェクト」に取り組むことになりました。日本が国家資格のプログラムを策定し、人材養成を図っているノウハウを提供しようという狙いです。
キャリアカウンセラー養成指導者への研修
プロジェクトの実施にあたっては、国際協力のコンサルティング会社が中心になって進めているのですが、2017年某日、担当者から日本マンパワーに連絡がありました。
「ヨルダン国内でキャリアカウンセラーを養成するため、指導者として素養のある人が来日して研修を受けます。その研修に協力してほしい」という旨の依頼でした。
なぜ日本マンパワーが選ばれたのかはわかりませんが、非常に光栄なことです。くわしくお話を聞くと、1999〜2000年当時に日本が米国から学び、キャリアカウンセリングを急速に取り入れた状況と非常に似ているように感じました。その後、日本でキャリアカウンセリングが普及したように、他国でも普及してほしい。そうした思いで申し出を受けました。
研修受講者の来日は2017年12月。全9人のうち、労働省雇用事務所(日本のハローワークのような存在)のキャリアカウンセラーが6人、大学のキャリアガイダンスオフィスで働くキャリアカウンセラーが3人です。ただ、キャリアカウンセリングの基礎知識はあるものの、実践経験が乏しく、理論的根拠に基づく手法を認知していない、とのことでした。
研修日数10日のうち、日本マンパワーに委ねられたのは3日+1コマでした。具体的なプログラムについては一任していただけるとのことでしたので、テーマ設定から研修内容、講師選び、教材作成、現場見学のアテンドなどに一から取り掛かりました。「キャリアコンサルタント養成講座」で使用しているキャリアカウンセリング事例もアラビア語に翻訳しました。
実際に行った研修テーマは次のようになります。講師役には、「キャリアコンサルタント養成講座」のインストラクターにも協力を仰ぎました。
ニーズカードのワークで得られた気づき
研修を通して感じたのは、以前の私たちと非常に似ていることです。たとえば、質疑応答では次のような質問がありました。
「聴いているだけで本当にいいのか」
「もっと指示的にクライアントを指導すべきではないか」
「病気の人にもキャリアカウンセリングをするのか」
ロールプレイを含めて、通訳を介した研修でしたから難しい面もありましたが、非常に優秀な人たちでしたから、日を追うごとに変化が見られました。
特に、弊社・水野みちが担当した、ニーズカードを使ってのグループワークでは、感情の裏には「自分はこうありたい」という願いやニーズが潜んでいて、たとえ同じ表現であっても、心の奥にある想いは一人ひとり異なるという個別性・多様性に気づきがあったようです。たとえ、職業選択に何らかの制約があって当初の希望通りの職業に就けなかったとしても、本人が「ありたい自分」に気づき、納得し、主体的に意味づけをして意思決定をするというプロセスを経ることが非常に大事であることも理解していただけたように思います。大きな手応えを感じました。
おそらく今ごろは、みなさんが指導者の立場で活躍されていることと思います。
2020年2月の研修内容
そして今年2月上旬、2回目の研修を行いました。今回来日したのは7人で、公的機関や大学のキャリアカウンセラーが4人、公的機関で企業の求人開拓や定着支援などに取り組む人が3人でした。2017年の受講者とは全メンバーが入れ替わり、どちらかというと現場で対応している人が中心となりました。
日本マンパワーに依頼されたのは3日間です。
初日は企業見学および質疑応答が中心で、弊社と大手商社の2ヵ所を案内しました。質疑では、「人事セクションの近くにカウンセリングルームを設けても、相談者は抵抗なく訪れるのか?」「相談に来る人は有給休暇を取って来るのか?」「相談に来ていることを会社は知っているのか?」など、日本でも尋ねられるような質問が多くありました。
2日目はまず、前回も好評だったニーズカードを使ったワークを行いました。その後、受講者が実際に相談を受けて対応に困っている事例について検討しました。そのうちのひとつは次のような事例でした。
「とても勉強ができる子が栄養士になるために栄養学を学ぼうとしている。でも、学力を考えれば、ステータスの高い医師や薬剤師になれるはず。どの程度、示唆をしていいのだろうか?」
職業に対するヒエラルキー的な固定観念の強いヨルダンにおいて、この事例は非常に難しい題材です。議論が白熱しました。
3日目は受講者の発表にコメントをして、役割を終えました。
異文化でも普遍的な価値は変わらない
こうして振り返ると、二つのことを強く感じます。
ひとつは、イスラム圏という異文化の中にあっても普遍的な価値は変わらないということです。たとえば、キャリアカウンセラーは問題に焦点を当てるのではなく、その人の内面に焦点を当てることが大切であるという考え方です。それについては、受講生はすでに自国で学んでいました。また、不安や心の揺らぎの裏にはその人の願いがあるという考え方も、受講生に非常にフィットしていたようです。
もうひとつ感じたのは、先ほども述べたように、1999〜2000年の日本に似ているということです。当時、日本ではバブル経済が崩壊し、就職難やリストラが社会問題となりました。それによってキャリアカウンセリングの必要性が高まり、米国から教わって、日本らしさを伴ったキャリアカウンセリングが急速に普及しました。そして今、日本が他国に教えられる立場にまで成長しました。ヨルダンでもキャリアカウンセリングが普及し、他国に教えるほどになれば、この上ない喜びです。その橋渡し役となれたことを非常にうれしく思います。