ちょっと一息

ハッピーキャリアの作り方 vol.91

憧れのヒーローやお気に入りの本は、自分自身を映す

[2016/10/26]

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対話の中で自分のストーリーを語っていくと、過去の自分に何らかの意味づけをします。意味づけすることによって「昔こうだったから、私はこうなった」と考えられるようになり、未来に向けても、「今こんなことをしているのは、私が将来こうありたいから」と、目的の方向性が見えてきます。さらに、自分が生きるための指針を自分でつくることができ、豊かな人生につなげていくことができます。
 米国の学者、マーク・L・サビカスは「人は自分のストーリーを語れば語るほど、それが現実的なものになる」とも言っています。
 ただ、「語り」は1人ではできません。「語り」をていねいに開いてくれる第三者の介在が必要です。それが今、キャリアカウンセラーの役割として期待されています。

・・・というお話を、前回の「ハッピーキャリアの作り方」でご紹介しました。今回はその続編です。前回同様、日本キャリア開発協会の理事兼事務局長である大原良夫さんにお話をうかがいしました。憧れのヒーロー/ヒロインが暗示するもの、キャリアカウンセラーの役割など、非常に興味深いお話です。ぜひご一読ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 日本キャリア開発協会
 理事 兼 事務局長
 大原 良夫 さん


キャリアストーリーインタビューの不思議な効果

 サビカスの提唱するナラティブ・キャリアカウンセリングに、「キャリアストーリーインタビュー」という手法があります。これは、「成長過程で憧れた人物」「定期的に見る雑誌やテレビ番組」「お気に入りの本や映画」「お気に入りの格言やモットー」「最も幼いころの思い出」について、クライエント(相談者)にインタビューし、それをキャリアカウンセリングに活かそうとするものです。
 「なんだそれ、そんなことを聴いて何かの役に立つの?」と思う人もいることでしょう。でも、これらについて深くていねいに話してもらうと、不思議なことに、その人は自分のことについて気づくのです。

 たとえば、ある人にとって憧れの人物はスーパーマンでした。それに対してキャリアカウンセラーが「スーパーマンのどんなところが好き?」と聞くと、「自分の損得を抜きにして、危ない目に遭っている人を助けようとするところ」と答えたとします。
 実はこれだけで、その人はスーパーマンをお手本にして、今の自分の問題を解決しようとしていることがわかります。「スーパーマン」と言った時点で、その人は問題解決に向けてスーパーマン的にかかわろうとしていることを暗示しているのです。
 なぜなら、その人にとっては、問題解決のためにスーパーマンが必要だから、憧れの人物としてスーパーマンの名前を出したと考えることができるからです。実際、その人の行動を観察すると、スーパーマンと同じようなことをやっていることがわかります。

悩みは異なっても、その人の根本テーマは同じ画像エラー

 私の憧れのヒーローは、『コンバット』というアメリカのテレビ番組に出てきたサンダース軍曹です。私にとってサンダース軍曹は、「嫌われ者で無口、だけれども『やることはやる』、何かあれば部下をサポートするが、そういうところを人に見せない」という人物像です。そして私自身をよく振り返ると、やはりサンダース軍曹のように行動しようとしてしまうのです。つまり、私にとってサンダース軍曹は、お手本として必要な存在なのです。

 実際、キャリアカウンセリングなどで憧れのヒーローについて語ってもらっていると、「あ、これ、私のことですね」と気づくクライエントは多くいます。好きな映画のストーリーを話してもらっていても、「私、いつも主人公と同じような感じに考えて行動しているかもしれません」と言ったりします。
 そして、それらが自分の悩みと密接に関係していることが納得できると、その人はすーっと腑に落ちます。

 これに関連して、サビカスは「その人の悩みの裏側には、その人の根本的なテーマがある」という旨を述べています。つまり、表面的に形が異なる悩みはさまざまあるけれど、その根本のテーマは同じで、その人はその根本テーマにぶつかると必ず「問題だ」と言い出すというのです。そうした意味では、悩みというよりも、成長のプロセスだと考えることができます。自分の根本テーマに出合うと、何としてもクリアしようとしがちなのです。


聴き手になるのはキャリアカ画像エラーウンセラー

 もっとも、スーパーマンに対する人物像やサンダース軍曹に対する人物像は、人によって異なります。ですから、「スーパーマンのどこが好きなの?」「自分とどうつながっているんだろう?」などと問いかける必要があります。そうした深い問いかけへの答えに、その人の理想自我が現れるからです。単に「スーパーマンが好き」だと言うだけでは、憧れの人物に自分を見ることはできません。

  そこで求められるのが聴き手です。私はそれを、キャリアカウンセラーに期待しています。
 キャリアカウンセラーの役割は、アセスメントなどの診断をしてその人の特徴をペーパーにまとめ、就職できるようにマッチングすることだけではありません。対話の中からその人の意味あるものを見つけられるように支援することが大切です。

 医療で言えば、たとえば「胃が痛い」というおばあさんに対して、胃の中を撮影した上で、患部を何らかの方法で治療するとします。このこと自体は「病気」を治すために必要なことなのでしょう。
 でも、「病(やまい)」は違います。「病(やまい)は気から」というように、患者さんの気持ちが影響します。ですから、たとえば「おばあちゃん、今日何食べたの?」「ああ、今までもそういう風に生活してきたんだね」「だからこうなったのかもね」「おばあちゃんはどう思う?」などと対話することで、患者側からの視点で病気を理解し、改善されていくこともあるのではないでしょうか。
 こういうスタンスが、現在のキャリアカウンセラーに求められているような気がします。


キャリアカウンセラーは自己分析支援のプロではない

 キャリアカウンセラーの役割をさらに掘り下げれば、キャリアカウンセラーはけっして自己分析支援のプロではありません。むしろ、「語り」を社会と連結させていくのがキャリアカウンセラーではないでしょうか。
 別の言い方をすれば、キャリアカウンセラーは「自分とは何か」というパーソナリティを明らかにする専門家ではなく、「その人の持ち味をどこでどのように発揮できていくのだろうか」「未来に向けてどのように考えていけばいいだろうか」と、その人と社会をつないでいくことがキャリアカウンセラーの役割だと思うのです。

 「語り」の中からその人の意味あるものを見つけ、仕事や社会との連関を一緒に考えていく。そして、その人が「今までどういうことにこだわってきたんだろうか」ということを自分で作るように促し、そのこだわりを仕事や社会に活かしていくことで、豊かな人生を送れるように支援する。それがキャリアカウンセラーの役割だと思います。


アイデンティティを社会と結びつける

 サビカスも次のような考察をしています。
 「私はこういう自分だから、このように活用したい」というものが出てきた時、それは私的ニーズである。そして、キャリアカウンセラーは私的ニーズを公的ニーズに変える役割がある
 たとえば、「自分は弱いから強くなりたい」という私的ニーズが出たら、それを職業に落とし込んでいく。強くなるだけじゃなくて、そのプロセスの中でどうやって社会に貢献していくのか。つまり、アイデンティティを社会と結びつけていこうとする考え方です。
 さらに、仕事や社会に自分がどういうインパクトを与えるかといういざないも必要ではないかと言っています。


生きようとする人全員にキャリアカウンセリングを画像エラー

 こうした一連の考え方に対して、「本当かな」と疑問を持つ人がいるかもしれません。科学的根拠が弱い感じがするからです。確かに、科学的根拠がないと人は不安になり、説を信じにくくなります。
 実は私もそう感じている面があります。ですから、こうして話していても、論理的に説明しにくいもどかしさを感じます。
 ただ、私たちは、科学的思考や論理性にとらわれすぎているのではないでしょうか。キャリアカウンセリングの研修・セミナーなどでも、サビカスやナラティブの考え方に対して、「その効果を実証できる客観的なデータはあるんですか?」と質問されることがあるほどです。でも、果たして科学的思考や論理性、客観的データなどが必要なのでしょうか? そもそも、キャリアカウンセリングはクライエントの主観を扱うものです。
 たとえ科学的思考や論理性がなくても、私はキャリオグラム(Career−O−Gram)やキャリアストーリーインタビューなどで現実に効果を目にしてきました。自分のストーリーや憧れのヒーローを語ったことによって、「ひょっとして自分はこうなのかな」「自分はこんな風に生きたいんだな」と気づくことを確認することができました。それが、たとえ自分で勝手に意味づけしたことであっても、自分が自分をそう意味づけることによって、その後の生きる力や何らかのヒントになるのであれば、それは非常にいいことだと思うのです。

 情報化社会が進んだことによって、人と人との触れ合い、さらに言えば人そのものがオミットメントされてきた感があります。
 しかし、社会は人と人との関係によって作られています。キャリアカウンセリングにおいては、クライエントとカウンセラーの2人の関係であるものの、人と人との関係を体験することができます。その体験をさらに外部の社会につなげていく。社会との関係の中でその人がどう生きていくかに働きかけられればと思います。
 その対象は、悩んでいる人だけではありません。豊かに生きようとする我々全員にナラティブ・キャリアカウンセリングを活かしていければと考えています。

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