改めて考えるキャリアカウンセリングの役割と方向性
[2019/10/31]
キャリアカウンセラー(CDA)約19000人が入会している日本キャリア開発協会(JCDA)では、会員が全国9支部・33地区に分かれ、それぞれ自主的に独自の活動を行っています。
そのうちの一つ、東北支部において、2019年9月8日(日)に「人生100年時代のCDAの未来 〜内から外への具現化〜」と題したトークセッションが行われました。登壇者は、JCDA理事長の大原良夫さんと、日本マンパワー・キャリアコンサルタント養成事業担当取締役の田中稔哉さんです。
CDAを対象としたトークセッションではありますが、皆さんの生き方にも参考になる内容かと思われます。特に、キャリアコンサルタントを目指す方や資格保有者は必見です。ぜひご一読ください。
●登壇者
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長/研究員
大原 良夫 さん
株式会社日本マンパワー
取締役
キャリアコンサルティング事業推進部長
田中 稔哉 さん
◆キャリアカウンセリングの方向性
——まずは簡単に自己紹介をお願いいたします。
大原 私は、30歳の時に日本マンパワーに入社しました。最初に担当したのが「キャリアデベロップメントシステム」というキャリア開発支援のプログラムです。その業務を統括していたのが現在のJCDA会長の立野です。私はそれから一貫してキャリアカウンセリングの道を歩んできました。
田中 日本マンパワーで「キャリアコンサルタント養成講座」の責任者をしている田中です。私はメーカーの人事や就職予備校の立ち上げなどを経て、2000年、37歳の時に日本マンパワーに入社しました。ちょうど「キャリアカウンセラー養成講座」(「キャリアコンサルタント養成講座」の前身)の開発中で、その時の上司が立野会長と大原理事長です。その後、ジョブカフェの現場支援を6〜7年間担当し、戻ってきてから今の仕事に就いています。現在はキャリアコンサルティング協議会の理事もしています。
——今、お二人が気になっていて、皆さんと語り合いたいことはございますか。
大原 ごく直近の話では、昨日、ある勉強会に参加しました。そこでCDAの人がロールプレイングをしている様子を見て、同席していた臨床心理士がこう言いました。
「CDAの人はポジティブですねぇ」
どういう意味かというと、悩んでいるクライエントに対して、辛い部分に焦点をあてるアプローチよりも、幸せな未来を描きましょうというアプローチが多いということです。
もしかすると、CDAである皆さんの中には、「暗い過去や辛い自己概念などネガティブな部分にフォーカスするのは生産的でない」と思っている人がいるかもしれません。あるいは、それに近い心理がある人もいるのではないでしょうか。私は改めてCDAのこのようなアプローチを振り返って、「本当にそれでいいのかなあ?」と最近気になっています。
同じようなニュアンスで「CDAは私たちとは違う」と、セラピーに携わる人からも言われたことがあります。私が「どう違うのですか?」と尋ねると、「セラピストはマイナス部分を解消することを重視します」という旨の返答がありました。一方、私たちCDAはどうでしょうか。現状をもっと良くすることが大切だという方向で考えることが多いのではないでしょうか。私自身、そう言ったことがあるかもしれません。でも、最近はそれについて疑問を抱いているのです。
つまり私たちは、「幸せにならなければいけない」「ハッピーな人生を描いていかなければいけない」と思い込んでいるかもしれないと思うのです。もちろん、「幸せ」や「ハッピー」の定義は人によって違うでしょう。ただ、「幸せ」「ハッピー」「ポジティブ」という方向でクライエントにかかわっていくとはどのような意味を持つのか。CDAの役割や機能と併せて、そうしたことも改めて考える時期に来ているのではないかと思っているのです。
たとえば皆さんは、「CDAはクライエントの意思決定を支援する役割を担っている」と考えているかと思います。今日、この会場にいる8割くらいの人がそう思っているのではないでしょうか。そして、クライエントが「キャリアに悩んでいる」と言ったら、その人がポジティブに考えられるような方向でキャリアカウンセリングをしようとするのではないでしょうか。クライエントに考えてもらい、ポジティブな意思決定を促していき、「ああ、私の方向はこうですね」と思ってもらいたいのではないでしょうか。こうしたキャリアカウンセリングの方向性について、私もずっと正しいと思ってきました。
しかしまた、ある人から最近、次のように言われたのです。
「CDAの人は意思決定を促進するのが上手ねえ。でも、クライエントにAとBという選択肢がある時、Aへの意思決定を促進することは、Bを捨てたことになるのですよ。なぜ、そこにもフォーカスしないのですか?」
その背景には、「Bのようなネガティブなことを考えるよりも、Aのポジティブなことを選んで幸せになってほしい」というCDAの想いがあるのかもしれません。もちろん、その想いはすばらしく、けっして否定するものではありません。ただ、クライエントはいろいろと悩んでAとBの選択肢を出したわけです。意思決定という合理的プロセスにおいて、捨てた選択肢は、もうすでに存在していないものと考えがちです。乱暴に言えば、「いまさら、もう一度考えて悩む必要はないでしょう」という感じです。このような傾向が私たちの中にあるのではないかと思うのです。
◆クライエントに成長してもらうためには
——私たちCDAはたしかに、ポジティブな面を見ようとしているかもしれません。田中さんはどのように考えられますか。
田中 今のお話を聞いて思ったことが2つあります。1つは、「自己概念の成長を促す」というキャリアカウンセリングの機能を考えた時、ポジティブな感情のゆらぎに焦点をあてることは、自己概念を確認する、充足されていることを確認するということではないか、ということです。
ただ一方で、クライエントは、辛い・不安・イライラなどのネガティブな感情を持っていることが多いと推測できます。そうしたネガティブな感情のゆらぎは、自分が大事にしていることやその人らしさが損なわれているからこそ生じるのでしょう。ですから、クライエントが自己概念を大事にしたまま現状の課題に対処していけるようにするという点から考えると、ネガティブな感情のゆらぎは成長につながるチャンスのように思いました。
もう1つは意思決定についてです。皆さんは、「キャリアコンサルタント養成講座」でバリューカードというアセスメントツールを使ったことがあるかと思います。価値観が記載された何枚かのカードの中から、自分の価値観に合ったカードを選び、なぜそれを選んだかを振り返ることで自分の価値観を見ていこうとするものです。そのプロセスの中でカード選びに迷うことがありますが、どうしても選んだカードに焦点があたってしまいがちです。ただ、選ばなかったカードについて「なぜ選ばなかったか」という振り返りも大切です。キャリアカウンセリングにおいても、結果だけを見て支援をするのではなく、それまでの過程やその人の状況も考えた上で支援をすることが大事です。そんなことを、大原さんのお話を聞きながら思いました。
大原 私は、カウンセリングでは、極端な表現を使うとクライエントに悩んでもらう必要があると思っています。なぜなら、クライエントに成長してもらうためです。クライエント自身が悩み、自分のことを自分の見方で考えることが、成長につながるからです。田中さんの表現を借りれば、ネガティブな感情のゆらぎは成長につながるということです。そうした場をつくることこそCDAの重要な役割のひとつなのです。
ですから、CDAが、性急にアドバイスをしたり答えを言ったりすることは避けるべきです。クライエントの悩む機会を取り上げてしまうことになるからです。私自身にも失敗体験がありますが、皆さんはどうでしょうか。自分が答えを言ってしまっていないか、いつも自問自答することが大切だと思います。
田中 補足すれば、やみくもに悩んでもらえばいいというわけではなく、「何について考えてもらうのか」のテーマの見立てがあるはずです。きっと、その人の自己概念につながるテーマがあります。それはもしかすると、クライエントが「考えたくない」「あまり見たくない」などのテーマかもしれません。ですから、「私との関係性の中で見てみましょう」と勇気を与えられるような関係性をつくることが、CDAにとって最初の大きな仕事になるという面もあります。
◆CDAに求められるスタンス
——クライエントに悩んでもらうことが、クライエントの考えを促し、内省につながっていくということでしょうか。私たちCDAは、どのようなスタンスでカウンセリングに臨めばいいのでしょうか。
大原 「クライエント中心」という言葉に集約されると思います。私たちはそれを常に自分に問い直していくことが望まれます。
ただ実際には、組織などから「効率」を求められることがあるかもしれません。たとえば、カウンセリングの時間に制約がある場合。あるいは、スピードが求められる時代になり、「悩むことは生産的でない」という考え方をする人もいるかもしれません。
ただ、効率ばかりを求めてしまうと、何か大切なものが抜け落ちてしまうように思います。極論をすれば、単に効率だけを求めるならば、CDAよりもロボットの方が適任かもしれません。でも私たちは、ロボットにはけっしてできない大事なことを担っているはずです。それは何でしょうか。私たちはロボットと何が違うのでしょうか。
私は「関係」だと思っています。「つながり」と言えるかもしれません。人との関係やつながりがその人を成長させ、人生を豊かにする大きな要因となるのです。
他方で、経済状況の悪化に伴い、企業は従業員に「自律」を求める傾向が見られます。そこにはどのような文脈がうかがえるでしょうか。「会社は個人に対して責任を負いません」「自分のことは自分で守ってください」と捉えることもできます。そしてもしかすると、結果的にCDAもその考え方に加担している部分があるかもしれません。人にはさまざまな事情がありますので、そのこと自体に意見するつもりはありませんが、少なくともそうした面があることを自覚すべきかと思います。
田中 自分らしさを突き詰めて考えると、個人単独での自分らしさではなく、他者とのつながりの中にあるように思います。他者とのつながりの中で、相対的に「自分はこうありたい」という想いになってくるのではないでしょうか。私はそのような人間観を持っています。
◆多様性社会におけるキャリアカウンセリング
——東日本大震災の後も「つながり」という言葉がキーワードになりました。ありたい自分や自己概念の成長の後には、何につながっていくのでしょうか。
田中 個々人の満たされ感につながっていくこともあるでしょうし、多様性を活かすことにつながることもあるでしょう。自分と異なる人を認め合って社会を構成していくことにつながるのではないかという気がします。多くの皆さんも、それぞれの人が尊重される社会をなんとなく目指しているのではないでしょうか。
——社会に多様な人がいる中で、私たちCDAはどのように立ち会い、関係をつなげ、深めていけばいいのでしょうか。
大原 昔、私がカウンセリングを学んだ頃は、多様性という言葉があまり一般的でありませんでした。しかし今は、新聞などを読めば多様性とは何かを学ぶことができます。そうした中、私はあるCDAの人から怒られたことがあります。「私の現場ではキャリア・デベロップメントが役に立たない」と言うのです。
たとえば経済的に困っているクライエントに「あなたの人生目標は何ですか?」と聞いても、「はぁ? その前に生活していくことが重要なんだ。それに対して、あなたは私にどういうサービスをしてくれるんですか?」と返されることもあるそうです。
皆さんは、この言葉を受けたらどのように答えますか。「いやいや、人生には目標が必要で、価値観が重要です」と答えますか?
もちろん私も、人生目標を持つことは重要だと思っています。でも、多様性が広がれば広がるほど、このようなことは起こり得ます。今こそ、CDAとして議論を深めていく必要があるのではないかと思います。
——田中さんはいかがでしょうか。
田中 基本的には大原さんと同じ考えですが、多様性を突き詰めていくと「個人」に至ると思います。本来は全員が多様だと考えるからです。
ただ、私たちは何らかの集団の中で生きています。特に組織の中では、お互いに尊重して理解し合いながらも、ある一つの方向性を出していくことが必要になります。そういった状況に対して、CDAの役割を考えることが大切です。
たとえば企業内のキャリアカウンセリングでは、個人への働きかけではなく、関係調整のような役割が期待されることがあります。そのように、多様性を大事にしつつも合意を形成しなければいけない場面が多々ある中において、キャリアカウンセラーが介入することによってお互いが納得して行動化できる関係づくり・合意づくりができないか、と考えています。
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★上記はトークセッションの第1弾です。この続きは後日公開いたします。
ぜひご期待ください。
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