事柄に焦点を当てるか、人に焦点を当てるか
[2014/04/28]
カッコいい映画の主人公。
みなさんは、どの映画のどの主人公を思い浮かべますか?
おそらく人によって違うはずです。当たり前ですよね。人によってカッコいいと思う基準や価値観、好みは異なりますから。もしかすると、自分が「世界一カッコいい!」と思っている主人公に対して、別の誰かは「あの主人公、全然カッコよくない。鼻につくわ」と思っているかもしれません。
つまり、カッコいいかカッコ悪いかを意味づけするのは観客であるということです。
何かに対する好き嫌いもそうですね。「トマトはおいしい」という人もいれば、「トマトはまずい」という人もいます。トマト自体においしい・まずいが決まっているわけではありません。人がおいしいかまずいかを意味づけしているわけです。
もしかすると、みなさんが今抱えている問題も同じようなメカニズムかもしれません。
今月はこうした視点から、日本キャリア開発協会の立野了嗣理事長にお話をうかがいました。
●今回お話を聞いたのは・・・
特定非営利活動法人 日本キャリア開発協会 理事長
アジアキャリア開発協会 理事長
特定非営利活動法人 キャリア・コンサルティング協議会 会長
立野 了嗣 さん
※肩書きは取材当時のものです。
あの俳優は格好いいか格好悪いか
誰かが友人と一緒に映画鑑賞に出掛けたとします。そうすると観終えてから、「あの登場人物、格好よかったよね」とか「あの時のセリフが印象に残ったわ」などと話をするでしょう。でも、自分が格好いいと言った登場人物を、友人も格好いいと思っているとは限りません。場合によっては「全然格好よくない」とか「まったく存在感がなかった」と言うかもしれません。
つまり、その登場人物自体に格好いい・格好悪いが組み込まれているわけではなく、観客がその意味づけをしているということです。もしあなたが誰かを格好いいと思ったら、その意味づけをしたのはあなたということになります。
就職活動や職場の人間関係では
同じような考え方で、別のことを思い巡らしてみましょう。
たとえば「今は就職活動が非常に厳しい」というテーマについて。みなさんの周りではどうでしょうか? そのような発言をする人が多いのではないでしょうか。
そうした発言を学生であるAさんが何回も耳にすれば、「就職活動は厳しいって、みんなが言っている」と思うでしょう。そして、不安になるかもしれません。
しかし、本当でしょうか? 就職活動自体に「厳しい」という特性が組み込まれているわけではありません。何人かが「厳しい」と言ったことで、Aさんは「就職活動=厳しい」と意味づけしたのでしょう。本当は「みんな」ではなく、なかには「それほどでもないよ」など、別の思いの人もいるはずです。
ほかの例ではどうでしょうか。
Bさんが上司と喧嘩をしたとします。そして、「あの上司は嫌な人だ」と思い、怒りが収まりません。では、その上司に「嫌な人」というDNAが組み込まれているかと言うと、そうではないはずです。喧嘩をしたから「嫌な人」だと感じたのかもしれません。
問題解決型は事柄に焦点を当てる
では、「就職活動が厳しくて不安」に思っている人や、「あの上司は嫌な人だ」と思っている人から相談を受けたら、どうしますか? たとえば次のような方法が考えられます。
○就職活動が厳しいことを前提として、それに対応できるような活動のノウハウをアドバイスする
○嫌な上司とどのように距離感を保つか、異動希望や転職も視野に入れながら解決策を一緒に考える
これらの方法は、「事柄」に焦点を当てる問題解決型の手法だと言えます。もちろん、問題解決は悪いことではありませんし、それでうまく解決する場合もあるでしょう。
しかし、キャリアカウンセリングでは「事柄」に焦点を当てません。「事柄」を通して現れる「人」に焦点を当てます。なぜなら、上記の例の就職活動や上司という「事柄」自体に意味があるわけではなく、AさんやBさんという「人」が意味づけをしているからです。つまり、Aさんの不安な思いやBさんの嫌な思いは、自分自身の意味づけによって表れたことになります。
ですから、不安な思いや嫌な思いにかかわっていくには、まずこうした「人」による意味づけがどのようなものなのかを自己探索してもらう必要があり、そのために「人」に焦点を当てるのです。
人に焦点を当てれば社会とのつながりが見える
この2つの事例の場合、人と事柄の関係は次のようになります。
「人」---+----「事柄」------+--「その人独自の考え方・価値観」
Aさん--+----就職活動----+---(就職活動は)不安だ、厳しい
Bさん--+--上司との喧嘩---+---(あの上司は)嫌な人だ
「人」に焦点を当てるということは、「その人独自の考え方」が表れている言葉などにアンテナを立てるということです。キャリアカウンセリングでは、たとえばAさんに「なぜ就職活動を不安に思うの?」「どうして厳しいと思うの?」などと、Aさんの話をじっくりと聴きます。あるいはBさんに「どんな喧嘩でしたか?」「嫌な人とはどのようなことですか?」などと聴いていきます。
これは、AさんやBさんに、語りの中に表れた自分が作っている考え方について自問自答してもらうためです。「そのような意味づけをしているのはどうしてだろう」といった自問自答を通して、「事柄」に隠された問題の本質への気づきを促します。この気づきが、その人に新しい物事のとらえ方を生み出す第一歩となるのです。専門用語で言えば、自己概念を成長させるきっかけとすることができるのです。
このように、経験の語りの中に表れる自分ならではの考えや価値観を確認してもらい、自己概念の成長を促す専門家が、キャリアカウンセラーです。ですから、キャリアカウンセリングでは「人」にアンテナを立てることを大切にしているのです。