ちょっと一息

会話は可能性を拡げる

ナラティブに過去を語ると、自分らしさに自信が出る

[2013/12/25]

 周りの人が自分のことを「どのような人」だと思っているか——相手によってまったく違う、ということはありませんか?
 たとえば、中学時代の友だちは私のことを今でも「面白くて活発な子」だと思っている。でも、大学時代の友だちで集まると「あなたはちょっと抜けているよね」と言われ、会社では「頼りにできる人」と思われている、とか・・。
 いったい、どの自分が本当の自分なのでしょうか?

 ある学説によると、自己とかアイデンティティという固定のものは存在しないそうです。「アイデンディティは会話によって形成され、変化するものである」と。
 賛否は別にして、そう考えると「いろいろな自分」がいることに納得できますよね。でも、「会話によって形成され、変化する」ってどういう意味なのでしょう?

 そこで、日本キャリア開発協会の理事兼事務局長の大原良夫さんに「会話の可能性」についてお話をうかがいました。
 会話をするという行為は、自分を表現するだけでなく、これまでの人生を変えたり、未来の自分を変えたりする力も秘めているそうです。さらに、日本でも注目され始めた新しい考え方【ナラティブ】についてもご説明いただきました。ぜひご一読ください。


●今回お話を聞いたのは・・・
 日本キャリア開発協会
 理事 兼 事務局長
 大原 良夫 さん

 ※肩書きは取材当時のものです。


会話会話の中の“筋書きのようなもの”

——大原さんは「会話は可能性を拡げる」とのお考えですが、大原さんのおっしゃる「会話」とはどのようなものでしょうか?
大原:私たちの会話の内容には2種類しかないという説があります。それは、「事実」モード「物語」モードです。
 たとえば、「王様は死んだ。その後、女王が死んだ」というのは単に出来事と出来事を並べているだけです。けれども、「王様は死んだ。その後、女王が悲しみのあまり死んだ」というのはどうでしょうか? 「悲しみのあまり」という「物語」モードは、話した人の主観が入ってきます。これは、出来事と出来事とをつなぎ合わせる筋書き(プロット)だと言えます。
 私の考える「会話は可能性を拡げる」とは、「この筋書きのようなものは可能性を拡げる」という意味です。ただ、私たちは会話をする時、自然に主観、つまり筋書きのようなものを入れて話します。ですから、厳密に考える必要はありません。普通に「会話は可能性を拡げる」と捉えていただいて結構です。
 ちなみに、専門用語では“会話の中の筋書きのようなもの”のことを【ナラティブ】と呼んでいます。和訳すると【語り】です。ストーリーと同じような意味で使っている人もいます。

——最近、聞かれるようになった言葉ですね。
大原:書店に行くとナラティブに関する書籍がたくさん並んでいます。福祉、医療、看護、教育、経営、マーケティングの分野にまで。これほど流行している理由は、おそらく時代が求めているからだと思われます。

——つまり、事実でない部分の会話を時代が求めているということですね。それはなぜでしょうか?
大原:これまで、私たちの社会では科学的思考や論理性などが重視されてきました。しかし、「本当にそれだけでいいのか?」という問いかけが行われているのだと思います。端的に言えば、人間性や人間らしさが見直されていることの反映でしょう。

ビー玉
あなたの人生をお話しください

——会話は日常的に交わすものですから、重視するほどのことではないかと思いますが、なぜ注目されているのでしょうか?
大原:日常的な会話には他愛もない話が多いかと思いますが、語りを通じて自分の人生を振り返ってみるとどうでしょうか。
 実は私は、「あなたが今まで生きてきた人生をお話しください」というアクティビティを行ったことがあります。
 その際、ある人は「私は小学校の時、こんな職業に就きたかったんです」と答えました。それに対して、「どうしてその職業に就きたかったのですか?」「誰か影響を受けた人はいますか?」「その時の社会的状況はどうでしたか?」などと細かくていねいに質問して、お話をうかがいました。また、「小学校の時はどんな子でしたか?」「何か印象深い想い出はありますか?」「その時にどう感じましたか?」「なぜ、そう感じたのですか?」などの質問もしました。
 そのように時系列に人生を振り返るセッションを、1人つき2時間×5回、合計10時間くらい行いました。そうすると、アクティビティを受けた人の行動が明らかに変わるのです。「会話しただけじゃ行動は変わらないだろう」と思われるかもしれませんが、深い関わり合いのある人に、悩みのある人が心の底から自分の言葉で人生を語ると、不思議なことに行動が変わるのです。
 そして、アクティビティを受けたみなさんは最後に同じことを言います。
 「私の人生はちゃんと1本の糸でつながっていたんですね。無駄だと思っていたことも、けっして無駄ではなかったんですね」って。そのように口を揃えて感動し、自信を持のです。

——過去の人生を振り返って自信を持つのですか?
大原:そうです。「過去を振り返ったところで何の意味があるんですか」と多くの人が疑問に感じるでしょう。でも実際に、過去を振り返ると自信を持てるようになのです。なぜなら、自分のこだわりやライフテーマが見えてくるからです。
 自分のことがわからない——そうした何もわからない状態は、人にとって非常に苦しく辛いものです。逆に、自分のこだわりやライフテーマが見つかると、心がとても楽になります。そして、「それを活かしたらハッピーになれんじゃないか」と前向きに考え、エネルギーを使おうとするのです。


ナラティブに過去を語ると人生が変わる

——自分らしさが見つかるとエネルギーが生まれるのですね。
大原:人は、「自分らしさ」という言葉に2つの意味を求めます。
 ひとつは、現在のその人の特性。自分ってこういう人間なんだ」という認識です。そしてもうひとつは、「その認識がどこから来たのか」ということです。「これまでの人生でこういう風に生きてきたから、自分はこういう人間なんだ」という時間軸を伴った根拠です。これら2つがセットになって初めて、人は自分らしさを感じることができのです。
 このうち、「これまでの人生でこういう風に生きてきたから、自分はこういう人間なんだ」という根拠こそ、ナラティブだと言えます。そして、このナラティブは、人と会話をすることによって生まれます。
 さらに言えば、ナラティブに過去を語ることによって人生の見え方が変わってきます。たとえば、「俺の人生、こんなのでいいのかなあ?」とモヤモヤしている人が、人生を語り直ことによって、「俺ってやりたいことがあったんだなあ」「俺もまだまだやれるはず」と思えるようになるのです。

——頭の中で考えているだけではだめですか?
大原:質問されて初めて考えたり、語ることによって初めて自分で気づいたりすることが多いのです。みなさんも同じような経験があるはずです。

——でも、自分の経験を語る機会ってほとんどありませんよね?
大原:だからこそ会話が大切で、会話は可能性を拡げるのです。

クリスマス——そうした機会を得ることはできませんでしょうか?
大原:日本においてナラティブは新しい考え方ですので、現実的には難しいかもしれません。家族や知人には話しにくいこともあるでしょうし、ある程度の質問スキルがないと、語り損ねることも出てくるでしょうから。一度、お近くのキャリアカウンセラーに相談されてみるといいかもしれません。
 あるいは、日記や自分史を書いてみのもひとつの手です。自分の中に別の質問者を置ようなイメージで、「あの時、本当はどうだったの?」「実は別のことにこだわっていたのでは?」「この時とあの時の共通点は何だろう?」などと自分に問いかけてみる。難しいとは思いますが、語る代わりに書いてみることで、自分らしさを発見する糸口になるかもしれません。
 ちょうど年末ですから、「この1年でどんなことが起きたのかなあ」と印象に残った出来事を振り返って、自分らしさを確認してみてはいかがでしょうか。

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