広い視野で求められるキャリアカウンセラーのアンテナ
[2019/11/28]
2019年9月8日、キャリアカウンセラー(CDA)約19000人が入会している日本キャリア開発協会(JCDA)の東北支部で、資格保有者を対象としたトークセッション「人生100年時代のCDAの未来 〜内から外への具現化〜」が開催されました。本記事では、その抄録の2回目をご紹介します。
登壇者は、JCDA理事長の大原良夫さんと、日本マンパワー・キャリアコンサルタント養成事業担当取締役の田中稔哉さんです。お二人はキャリアカウンセラーのあり方をどう考えていらっしゃるのか。多様性やマイノリティ、社会正義など、奥深く温かい目線のお話を聴くことができました。
CDAはもちろん、キャリアコンサルタントを目指す方はぜひご一読ください。キャリアカウンセラーの幅広い可能性を感じていただけることと思います。
●登壇者
日本キャリア開発協会(JCDA)
理事長/研究員
大原 良夫 さん
株式会社日本マンパワー
取締役
キャリアコンサルティング事業推進部長
田中 稔哉 さん
多様性社会でCDAが考えるべきこと
——今、多様性についてお話しいただきました。多様な人の中には「キャリアよりも目の前の生活が重要」と捉える方もいらっしゃいますので、そうした方々に対してCDAはどう関わっていけばいいのか、議論を深める必要があるとのことです。
大原 多様性について考える時、私たちにはおそらく何らかの前提があるように思います。これは根本的な問いになりますが、CDAである皆さんには、クライエントに「社会に適応してもらいたい」という想いが心の奥底にあるのではないでしょうか。別の表現で言えば、クライエントに「幸せになってほしい」と願って、皆さんはキャリアカウンセリングをしているのではないでしょうか。
その際、皆さんが「適応してもらいたい」と思う「社会」とは、一体どのようなものでしょうか。これは私も自分自身に常に問いかけていることですが、私たちCDAはそうしたことを考えるべきだと思うのです。世界には、私たちが「当たり前にできる」と思っていることができない状態の方々がいます。もちろん、そうした方々に対しても、キャリアカウンセラーはサポートをしなければいけません。ですから、私たちが「常識」だと捉えていることについて「果たして本当にそうなのか?」と疑い、社会について一人ひとりが考えることが大切だと思うのです。それが、多様性を考える際の前提となるのではないでしょうか。
田中 おっしゃる通りだと思います。私たちが「当たり前」だと思っていることを「当たり前」にできない人に目を向けて支援することは非常に大事です。ただ、私たちが日頃意識している「社会」の中にも、見えない(見えづらい)マイノリティの方々がいることも確かです。たとえば、ワンマンに見える経営者が、孤独を感じ、人に言えない悩みを抱いているケースもあります。社会的課題はあらゆる層に存在しているのです。
ですから、皆さん一人ひとりが対象としているクライエントの支援を通して見えてきた社会的課題について、どうすればいいかを考えることが大切かと思います。
大原 確かにそうですね。そういった意味で、今後はますます、さまざまなマイノリティの方々の多様性が顕在化すると同時に、CDAとしてもそうした方々へのサポート機会が増えるように思われます。だからこそ「社会はどうなのか」という視点を忘れてはいけないと思います。
田中 同感です。ただ、それを突き詰めていくと、クライエントの経済的問題も無視することができなくなります。中には相談料を支払えない方も現れるかと思います。そうすると、CDAなど対人支援職に、クライエント本人からの対価を期待しない覚悟が求められることにつながるかもしれません。
大原 難しい問題ですね。何らかの仕組みが必要だろうと思います。その点も含めて、私たちの役割が拡大していることを認識すべきなのでしょう。もしかすると、私たち一人ひとりの声が社会を変えることにつながるかもしれません。私たちの役割の中には、社会的アンテナを立てることも含まれているように思います。
少し話は変わりますが、私は最近、社会正義というテーマに強い関心を寄せています。「自分にはあまり関係がない」と捉える人がいるかもしれませんが、ある人がこのように言っていました。「社会正義はそれほど抽象的なことではない」と。その人に「では、どうしたら社会正義が自分事になりますか?」と尋ねたら、「新聞を読むこと」と教えられました。新聞を読むと、社会で何が起きているかがわかるからということです。
広い視野でアンテナを立てることが重要
——社会正義という言葉は、最近よく聞きます。改めてご説明をお願いします。
大原 社会正義はSocial Justiceの和訳で、元々、政治哲学の流れを受けてカウンセリング学会が最近注目をしだしている言葉です。さまざまな格差や差別が存在する中で、社会的に不利益や不平等を被っている方々を支援する必要があるのではないかという考え方から生まれたようです。現在は欧米を中心としてさらに考え方が発展し、「クライエントの悩みは何が原因か」「クライエントの状況は社会によって生まれたものであって、クライエントの責任ではない」という問いや考え方をする人も現れています。カウンセラーの役割として、「公平な社会をつくるために必要なサービスを提供する」「必要なサービスが存在しなければ政府に要請する」という流れも見られます。
——社会正義の担い手はキャリアカウンセラーである、という内容の記事を読んだことがあります。
大原 キャリアカウンセラーは個人と社会との間でかかわっている立場ですから、そう考えるのはごく自然なことだと思います。また、社会正義の観点で発言しやすい立場でもあります。
田中 大原さんのお話の内容をうかがっていると、主に社会的弱者とされている方々をサポートする政策を要求するという印象を受けますが、いかがでしょうか。
大原 今お話ししたことは、けっしてJCDA(日本キャリア開発協会)の方針ではありません。欧米を中心にこうした考え方が出てきているということをご紹介しているだけです。
ただ一方で、社会正義の考え方は皆さんの日々の活動にも非常に参考になるはずです。たとえば、企業の中にマイノリティの方はいらっしゃらないのでしょうか。そんなことはないでしょう。性別や年代など、何らかの弱者、つまりマイノリティが存在するはずです。私たちは、目の前に座っているクライエントだけではなく、そうした広い視野においてもアンテナを立てていくことが重要だと思います。
田中 マイノリティ対マジョリティという対立構造で考えるのではなく、マイノリティの人が働きやすい職場はマジョリティの人にとっても働きやすい職場であるという視点が大切ですね。特に企業内では、そうした視点で経営層に提案していくことが、環境改善を実現しやすいように思われます。
大原 私もそう思っています。現実的な課題に取り組んでいく中においては、田中さんのおっしゃる通りだと思います。ただ、そうした現実を踏まえて理解しながらも、理想としてCDAが認識しておくべき方向性があるのではないかと考えている次第です。たとえば、ある人が悩んでいることについて、個人の問題として捉えるだけでなく、同じ悩みを持っていたり同じ境遇にいたりする人に共通する課題として捉えるべきこともあるのではないかと思うのです。
——1対1のキャリアカウンセリングによる支援は非常に大切なものであると同時に、組織や社会との関係性・つながりを、私たちがしっかり意識しておくことも大切であることがよくわかりました。ありがとうございました。
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★上記はトークセッションからの抜粋要約(第2回)です。この続きは後日公開いたします。ぜひご期待ください。
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